哀歌
透きとおるように白い肌
柔らかくウェーブした亜麻色の髪
空や海の色を映したかのような碧色の瞳
心地好く響く明るい声
長い手足に傷一つ付いてない綺麗な指
とても、綺麗な人。僕なんかとは全然違う。
血と罪で穢れた僕と違って、彼はとてもとても美しい人。
そんな貴方は、初めて会った時、まるで幼い頃読んだ絵本に載っていた天使みたいだ、と思ったんだ。
『ロックオン・ストラトスだ。よろしくな。』
笑顔でそう言われて手を差し出された時、正直言って僕は面食らってしまった。どうしてこの人は、こんなにも臆面なく、それも初対面の人間に笑えるのだろうかと。
それと同時になんて優しく、綺麗な人なんだろうと思った。
身体のあちこちを弄られ正しい“ヒト”ではなくなった僕に。既にたくさんの命を奪い、両手を真っ赤に染め上げてしまったこの僕に、そんな風に笑顔で、優しく接してくれるなんて。
どんな人間にも分け隔てなく慈愛を与えてくれる、記憶の片隅に残る絵本の中に出てきた天使のようだと思った。
きっと、あの絵本に載っていた天使が実在すれば彼のような人のことをいうのだろう。容姿も、その優しさも。
まだまだ知らないことばかりで幼かった僕は、初めて会った彼を見てそんな印象を抱いてしまった。
実際、同じ組織、施設で日々を共にするようになり、更に僕と同じくマイスターであるロックオンとは言葉やコミュニケーションを交わす機会も必然と多くて、その度に彼の人となりを知っていった。
よく気が付くこと。他人への気遣い。面倒見も良くって、会話が苦手な僕と違い話術も長けている。
そんなロックオンに対して、『憧れ』を抱くことに大して時間は掛からなかった。
ただでさえ、あの閉塞的な空間に長期間閉じ込められ、出会う大人たちは無表情で僕たちに苦痛しか与えてくれず、またそこを抜け出した後も人と関わりあうこともなく、ただその日を生き抜くことだけが精一杯だったそんな僕が、この組織に拾われ彼に出会い、その優しさに触れ、好意も似た感情を抱くのは、最早レールが引かれていることのように必然のようなものだったのかもしれない。
僕より5つ年上で、困っている人がいればさり気なく手を貸して、とても頼りになる憧れの人。
彼のような大人になりたい、と毎日毎日彼の姿を追い、言葉に耳を傾け僕の中をロックオンで満たしていく。
そうした日々を重ねていく内に、僕の中で『憧れ』だった思いは気付かぬ内にいつしか『好き』という想いに変わっていた。
いつも彼の側に居たくて、彼のその綺麗な碧色を見ていたくて、その笑みを見続けていたい。
僕の中が彼でいっぱいであるように、ロックオンの中もまた僕でいっぱいにして欲しい。
その碧色に僕だけを映していて。僕だけにその笑顔を見せていて。その手で触れるのは僕だけにして。
そんなことを思うようになってしまっていた。
醜い独占欲。
間違っているのに。叶うはずもないのに、こんな想いを抱いてはいけないのに。
消さなきゃ、忘れなきゃ、と思えば思うほどに忘れられなくて育っていく僕のこの想い。
終わることのない葛藤。
こんな僕が。血に、罪に穢れたこの僕が、天使のような彼を想うことなんて間違っている。
許されるはずがないと思っているのに、わかっているのに止められないこの想い。
ダメだ。ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだっ!!
そう思えば思うほど想いは募って、止まることを知らない。
焦がれて止むことを知らないこの想いは、止められないならせめてこの心の内に留めておくべきだ。
そう思っていたのに。
ほんの些細なきっかけで箍が外れてしまった心は暴走して、ついにこの穢れた腕は天使のような彼を抱いてしまった。
一度外れてしまった箍はもう元に戻す方法を知らなくて、この腕は何度も何度もロックオンを穢す。
狂っている。間違っている。こんな想いも行為も。
僕はいい、もう穢れた存在だから。いまさら許されようなんて虫のいいことを願ってはいない。
けれど、この穢れを知らぬような彼の笑顔を、身体を冒すごとに感じる罪悪感。それでも彼をこの腕に抱く度に、まるで僕は天使を冒す堕天使のようだと錯覚し、この心は更に高揚感を覚えてしまう。
いったい僕は、どこまで堕ちれば気が済むのだろうか。
『好きです。好きなんです。愛しています。』
そう告げて、普段はグローヴに包まれている白い指に口付けると、決まってロックオンは困ったように笑う。
それはそうだろう。こんな僕に気持ちを告げられたって困るだけだ。
なのに彼は拒むこともせずに、僕を受け入れてくれる。優しいから。
そこに貴方の気持ちはないの?年下の、仲間のワガママを仕方がないから聞いてくれてるの?貴方は僕のことをどう思ってるの?
身体を手に入れたら、今度は心まで欲しくなる。
なんて際限のない、醜くて欲深い僕の心。もう身体だけじゃなく心まで穢れてしまっているんだ。
それなのにロックオンを想う気持ちは止められなくて、何度も何度もこの腕に彼を抱く。その真白く綺麗な身体を何度も何度も。まるで、この僕の穢れを彼の身体に移すかのように。
『アレルヤ』
その心地よく響く声で、皮肉にも神を讃える言葉の僕の名前を優しく呼ぶ。
それはまるで、この背徳な行為に懺悔をしているかのよう。
悪いのはこの僕なのに。懺悔を請うのは、天使のような貴方を冒す僕なのに。貴方はなにも悪くないのに。
でもある時、ロックオンは僕にこう言った。
自分の手も血で真っ赤に染まっていると。罪を持っているのも、穢れているのも同じだと。でも自分の方が罪が深いと。
その綺麗な顔を苦痛に歪ませながら、彼はそう呟いた。
そんなことはない。貴方のこの真白く綺麗な身体の、手のどこが穢れているというのだろう。きっと僕の方が罪深いに決まっているのに。
それでも。
僕もロックオンも、どちらも罪を背負っているなら、どちらの方が罪深いなんてどうでもいい。
こうやってお互いを抱きしめて、身体をひとつに繋ぎ合せて、お互いの罪が交じり合えばいい。そして、同じ分だけ背負えばいいんだ。
貴方を穢してしまうのは心苦しいけれど。
貴方と一緒のところへ堕ちていけるならいい、と思うこんな僕を
どうか許して―――
2008.07 BGM:哀歌(エレジー)