のぞむものは



何故、この手を放したのだろう―――

あの時、この手を放しさえしなければずっと、ずっと一緒だったのに―――




突然知らない名から呼び出され、落ち合った場所であった漆黒の髪と浅黒い肌をした、やっと少年の域を脱したかと思われる男は刹那・F・セイエイと名乗った。とても意志の強い瞳をした男だと思った。
その刹那と名乗った男は、ソレスタル・ビーイングのガンダムマイスターだという。
ハッ!ソレスタル・ビーイングってのはあの4年前、戦争根絶だとか何とか言って世界に戦争を吹っ掛けた狂信者の集団だろう?そんなヤツが俺に何のようだと言うんだ。
訝しげに睨んでやれば、それすら気にした風もなく淡々と言葉を連ねていくその男は何を思ったのか、俺までそのガンダムマイスターだとか言い出しやがった。しかも俺の名をライル・ディランディではなくロックオン・ストラトスだと。
ふざけるのも大概にしてくれ!何故俺がガンダムマイスターなどと・・・狂信者の集団の仲間にならなければならない!しかもロックオン・ストラトス?なんだ?そのセンスのない名前は。それが俺の名前だというのか。冗談じゃないね!
どれだけ悪辣な言葉を連ねても、刹那という男は表情を一切崩さずにただメモリーの入った情報媒体を差し出して、これを見てくれ、見て気が変わったなら連絡を、とだけ抑揚のない声で告げて去って行った。
こんなものを見たところで気が変わるものか!
手渡された情報媒体を見て悪態を吐く。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
こんなもの一つで俺を狂信者に仕立て上げられるとでも思っているのか。何故俺を誘う。その訳は何だ。
そう問い詰めても刹那という男は何も語らずくるりと背を向けると、雑踏の中に紛れて消えて行く。残された俺はただ去っていく男の後姿を睨み、手の内に残された情報媒体を、ギリリ、と強く握りしめた。


だが、4年前に沈黙したあの集団が今こうして俺の目の前に現れたということは、また活動を再開するのかもしれない。ひょっとしたら今俺が属している組織に何らかの情報、利益をもたらせるかもしれない。
そんな不埒な思考が横切って目を通したメモリーに映し出された映像を見て、俺は息を呑んだ。

映し出された映像の中で笑うもう一人の俺。あの時、手を放してしまった愛しい愛しい俺の片割れ。

愕然と、した。何故おまえが其処にいる?其処で何をしている?俺と離れて、俺の知らない場所でおまえは何をしていたんだ?
まさか、という思いだ。まさか、ニールがあの組織にいたなんて。
流れていく映像の中で、ニールはロックオンと呼ばれ笑っている。そうか、おまえがロックオン・ストラトスという名を名乗っていたのか。その名前を俺が名乗れということは・・・・・おまえは、もう・・・・・・・・。
ディスプレイの中で笑うニールの顔がとても遠くて、滲んで、ぼやけていった。

手の平に爪が喰い込むほど強く握り締める。痛さなんてこれっぽっちも感じやしない。寧ろ痛いのは心の方だ。
何故、あの時俺はこの手を放してしまったのだろう。生まれる前からずっとずっと一緒だったのに。
世界で俺たち二人だけになってしまったあの日が全ての始まりだったのだろうか。
俺たちから全てを奪ったこの歪んだ世界を俺は無力だからと仕方がないと享受し、おまえは無力さを悔やみ嘆きそして憎んだ。何もかも一緒だった俺たちが唯一別ったもの。それが全ての始まりだったというのか・・・・・!
なぁ、ニール。あの時、この手を放しさえしなければこんなことにはならなかったのか?おまえは一人でいき、俺は一人残されることはなかったのか?
なぁ、ニール。おまえは何が欲しかった?俺はおまえさえいてくれればそれで良かったのに。
・・・・・・なぁ、教えてくれよ。ニール。


かさり、と音を立てたのは情報媒体と一緒に渡された小さな紙切れ。記されているのは数字の羅列。恐らくあの刹那という男の携帯端末の番号だろう。
興味が、湧いた。あぁ、乗ってやろうじゃないか、その勧誘に。
ニールが俺の手を放してまで望んだものをこの目で見る為に、俺はその狂信者の一人となって世界に臨んでやろうじゃないか。

なぁ、ニール。おまえはその目で何を夢見ていた―――?





2008.10