Sweet Honey Holiday
度重なるミッションの合間に与えられる休暇は僅かなもので、そんな僅かなものでも僕は迎えるところが宇宙にしても地上にしても大抵は一人で過ごすことが多い。
更にその休暇が二人揃って重なるということはまた滅多にないことで、そんな状況だからか珍しく重なった休暇は特にこれといった用事がない限りロックオンと一緒に過ごすことが習慣になっていた。
今回の休暇は珍しく重なったそれで、しかも僕が先に地上で休暇に入り、後から休暇に入ったロックオンが余暇を過ごす僕のセーフハウスに来るという更に珍しい事態。地上で一緒に過ごす場合はロックオンのセーフハウスに僕が訪ねることの方がほとんどだから、何だかちょっと気恥ずかしくって、妙に入念に掃除をしてしまった。別に少々散らかっていても、ロックオンはそんなこと気にする人じゃないってわかってるけど。
用意しておいた昼食を二人で食べて、後片付けは自分がすると言い張るロックオンを移動で疲れているからとかいろんな理由で言い包めて何とかリビングへ追いやった。いつも僕がロックオンのセーフハウスへ訪ねる時は同じことを僕に言ってやらせてくれないんだから、こんな時くらい僕に甘えてくれてもいいんじゃないかと思う。まぁ、ロックオンは根っからの世話好き気質みたいだからわからないでもないけどね。
後片付けを終えて、淹れ立てのコーヒーを一つはブラックのまま、もう一つはミルクを多めに入れてカフェオレにする。それを入れたマグカップを二つ手にしてリビングへと足を運べば、ロックオンはラグの引いてある床に直接座り込んで、道中で購入したであろう雑誌を読んでいた。
一応、そんなには大きくはないけれど側にソファもあるんだから、それに座ればいいのに。
「それは何の雑誌?」
パラパラと大して真剣に読んでいない雰囲気で頁を捲るロックオンに後ろから話しかければ、んー?と僕の言葉を聞いていたのか聞いていなかったのかわからない返事が返ってくる。はぁ、とこっそり溜息を吐いて、持っていたマグカップを側にあったテーブルの上に置き、僕はロックオンの後側に腰を降ろして、抱えるように彼の腰に腕を回した。
「アーレールーヤ。」
「ねぇ、何の雑誌?」
咎めるように僕の名前を呼ぶロックオンの言葉をお返しとばかりに聞こえないフリをしてさっきと同じ言葉を口にすれば、今度はロックオンが溜息を吐く番だ。
以前はこうやってくっ付いたり触れ合ったりすることをロックオンは恥ずかしがってさせてくれなかった。けれどその彼の拒否にもめげず、僕は何度も何度もし続けたらどうやら彼は拒否することを諦めたらしい。というか慣れた?それでもやっぱり一度は嫌がる素振りをするけど、でもそれは形だけ。きっと彼のプライドなんだろうけど。
それに本当は僕は知ってるんだ。拒む割には、こうやってくっ付いたりベタベタすることが実はロックオンも好きなこと。だから、こうやって二人だけで過ごす時は遠慮なくくっ付いてやるんだ。少しでも、ロックオンを近くに感じたいから。
「ファッション雑誌、みたいなもんだな。暇潰しに、と適当に買ったんだけどさ、あんまり面白くねぇなぁ。」
つまらなそうに文句を吐きながらまだ頁を捲り続けるロックオン。その手元にある雑誌を、ロックオンの肩に顎を乗せて覗き込んで見てみたけど、そういうものに感心を一切持たないと言ってもいい程の僕には何が何だかわからなかった。同じ着るものなら動き易いもの、機能性重視で僕は選んでしまう。だから何が良くて、どんなのがカッコいいのかお洒落なものなのか僕にはさっぱりだ。
「うー・・・ん、僕は全然興味ないから余計わかんないや。」
そう言ってテーブルの上に置きっぱなしだったマグカップを手にとって、ブラックの方をロックオンに渡し、僕はカフェオレにした方のマグカップに口を付けて一口飲んだ。
そうしたら何故かロックオンは、すん、と鼻を鳴らして何かの匂いを辿ってる。まるで犬みたいに。あれ?このコーヒー、何か変な匂いでもした?
「アレルヤ、おまえのやつ、カフェオレ?」
「え?ああ、うん、そうだよ。」
ああ何だ。これの匂いを嗅いでたのか・・・って本当に犬みたいだよ、ロックオン。
「俺もカフェオレがいい。代えて。」
「え?だってロックオン、いつもブラックじゃないか。」
「今日はカフェオレな気分なの。だから代えて。代えろ。代ーえーろー。」
振り向いてまるで子供のように駄々を捏ねるロックオンは、普段の姿からは想像できないほど幼い。そんなところが可愛くって堪らないんだけど、言うと怒るから心の中だけで思っておく。
「ちょっとロックオン!暴れたらこぼれるって!」
「だーかーらぁ、代えろって!」
「わかった!わかったから!代えてあげるから!お願いだから暴れないで!」
じたばたと僕のマグカップを力尽くで奪い取らんとするロックオンを何とか抑えて、持っていたカップを交換すれば、んふふー、とか妙な笑い声をこぼしてロックオンは機嫌よく僕から奪い取ったカップに口を付けていた。
もう、まったく・・・・・とは思うけど頬が緩むのは止められない。普段、他のクルーたちといる時は滅多に我侭なんて言わないロックオンだけど、こうやって僕といる時だけは結構頻繁に見せてくれるのが堪らなく嬉しい。
きっと僕だからって少しは自惚れてもいいかな?
そんな小さな小さなことでも僕にはとても大きな幸せに感じる。だからもっともっと甘えて?
僅かな休息の間の穏やかな昼下がり。側には大好きな人がいて過ごす時間は、何もしなくても幸せに感じるんだなぁって僕はロックオンを好きになってから知ったんだ。
ロックオンはいつの間にか後に座っている僕に凭れていて、文句を言いつつもまだ先程の雑誌を捲り続けている。僕はそんなロックオンの手の動きに見惚れているだけで充分。すると、同じテンポで頁を捲っていた手がふと止まった。
「なぁー、こういうのアレルヤに似合いそうじゃね?」
「え?どんなの?」
そう言ってロックオンが指差したところを覗き込んでみたら、そこには光沢のある黒色の硬そうな生地でベルトのような金具が幾つも付いたジャケットを着ているモデルの写真が載っていた。
うーん、確かにハレルヤが好みそうな服だけれど僕としてはちょっと派手じゃないかなぁ。何だか動きにくそうだし。あんまり趣味じゃないかも。
案の定、僕の中でハレルヤは『お?いいじゃねぇか。コイツ、なかなかいいセンスしてんじゃん!』と嬉々として話しかけてくる。ほら、やっぱりね。でも僕はもうちょっと大人しい感じの方がいいよ、と答えれば『んだよ、わかってねぇなぁ、アレルヤは。』と文句を言われた。ほっといてくれよ。
「うーん、僕としてはこっちの方が好みなんだけどね・・・」
と隣の頁に載っていた生地に光沢も飾り気もない普通にシンプルなジャケットを指差して言えば、ロックオンは、えぇー、と眉根を寄せて不満気に漏らす。
「いんや、こっちの方が絶対アレルヤに似合う!」
と拳を握り締めて力説されましても。
「だって、アレルヤは黙ってりゃキリッとして格好良いし背も高いし、何てたって良いカラダしてんだ。絶対こういうレザーもん似合うはずだ!」
え?何?その言い方。それじゃまるで僕は口を開いたらダメみたいじゃないか。・・・・・そりゃまぁ確かに、時々空気を読めない発言をする時があることは認めるけど。
ふん、と鼻息を荒くして熱く語るロックオンに、僕は思わず苦笑い。
見方を変えればロックオンは僕のことを考えてそう言ってくれてるんだと思えば嬉しいんだけど、でもやっぱり内心はちょっと複雑だ。だって動き易い服の方がいざっていう時に動けるだろうし、万が一の時少しでも早くロックオンを守ることが出来ると思うんだ。
いや、コイツにそんなことは必要ねぇだろ、っていうハレルヤの言葉は聞こえないフリをしておこう。いいの、例えそれが僕の勝手な自己満足だとしても。
あははー、と乾いた笑いで誤魔化してみてもやっぱりロックオンは納得がいかないみたいで、振り返って僕の顔を見ると。
「よしっ!今から買い物に行こうぜ!んで、こういうのがおまえに似合うってことをわからせてやる!」
「え?ええええええええええっ!?」
何か見えないものの使命感に燃える、というよりムキになってると言った方がいいようなロックオンに僕は驚くばかりだ。ロックオンは何としてもこういう派手な感じの服を僕に着せたいんだろうか。僕としては勘弁して欲しいところなんだけどなぁ。
時々、この人は本当に僕よりも年上なんだろうかと思うときがある。そう、まさにこんな時。今日は更に・・・って感じがしないでもないけど。でもそんなロックオンも可愛いなぁって思う僕は相当なもんだとも思う。ほんと、恋の力って偉大だ。
「で、でもロックオン、今日はもうこんな時間だし、休暇はまだあるんだから明日にでもしようよ。」
今にでも立ち上がって僕を引っ張り出して行きそうな勢いのロックオンを何とか引き止めて宥める。その間にロックオンの気を変えようとする、所謂時間稼ぎ。
ロックオンは僕の言葉にちらりと時計を見て時間を確認すると、うーん、と唸ってまだ考えてる。あぁまだ諦めてくれないのかなぁ。仕方ない、こうなったら奥の手だ。
腰に回していた腕にぐっと力を込めてロックオンの身体を引き寄せ、緩くウェーブした栗色の髪の間から覗く白い首筋に、ちゅ、と音を立てて唇を這わせた。
「あ、あああああアレルヤぁ!?」
突然の僕の行動に驚いて声がひっくり返ってるロックオンを余所に、ちゅ、ちゅ、と何度も啄ばむようなキスを繰り返し、そして耳元で
「ねぇ、ロックオン。久しぶりの休暇なんだから、今日は二人きりで過ごそうよ。ね?」
と少し低めの声で囁けば、ロックオンの身体はびくりと震えた。僕のこの声に弱いんだよね、ロックオン。
うー、とか、あー、とか言葉にならない声を上げているところへ、今度は耳朶に軽く口付けながら、ダメ?と甘えるようにダメ押しの一言を付け加えれば、
「・・・・・・・・・・・・ダメ、じゃない。」
と消え入りそうな声で返事が返ってきた。
背後から抱きついている格好だから今の表情が見えないのが残念だけど、髪の間から覗く耳はもう真っ赤になっていて、きっと顔も一緒なんだろうなぁ。普段は飄々としていて何事も余裕のある人だけど、こういう時の反応はいつ見ても何度見ても可愛いと思う。あぁもう、ほんと可愛くって堪らないよ、貴方は。
結局、その後はまだ日も明るいというのに寝室に閉じこもって、時間も忘れて何度も何度も身体を重ねあった翌日。
ロックオンは腰が痛くて動けない、と午前中はベッドの上から起き上がれなかった。
ごめんね、大丈夫?と謝りながらも身体を気遣って今日も買い物に行くのはやめようね、という言葉に素直に頷くロックオンを見て、思わず心の中でガッツポーズをとってしまった。
ごめんね、ロックオン。でも大好きだよ。
2008.11