In the world that Lost a color



無機質な音声が同じ名前を繰り返す。
その名前は彼の大事な相棒の、僕の大切な大切な彼のコードネーム。

どうして彼は僕の手を振り解いていってしまったのだろう。
どうして。僕は彼の手を放してしまったのだろう。
無理にでも放さず繋ぎ止めておけば、ずっとこの腕の中に閉じ込めておけたのに。


あの日以来、僕の中で世界の全ては色を失ってしまった―――



久し振りに立つ地は相変わらず小雨がパラついている。尤も、普段から青空が望めることが少ない土地柄なのだから仕方のないことなのだろうと思う。
まるで涙すら枯れ果ててしまった僕の代わりに泣いているような雨の中、傘も差さずに立ち竦む。目の前にはケルト十字を象った石碑。そして足元には途中で買い求めた、彼の肌に様に白い花束。
ここまで来るのに4年も掛かってしまった。
物理的にここを訪れることは無理なわけだったけれども、それでもどこか心情的にここを訪れることを忌避していたかもしれない。
けれど4年ぶりに戻った組織の中で出逢った彼に瓜二つの新しい仲間と、目の前の石碑に刻まれた名前が何よりも僕に現実を突き付ける。

未だ涙雨は降り止むことはなく、石碑を、花を、大地を、僕を。濡らし続け、空は泣き続ける。まるで僕の心の中を表すかのように。僕は濡れることも厭わず、身動ぎ一つせずにその涙をこの身に受け続けた。


あれから半身を失い捕らわれ、文字通り灰色の世界の中命を永らえてきた。
喜ぶべきことはもちろんなく、またそんな状況下でもなかったけれど、まるで喜怒哀楽全ての感情があの日以来僕の中から抜け落ちてしまったかのように何も感じない。いや、ただ一つ『悲しみ』という感情だけが僕の中を満たし続ける。

どうして貴方は僕の手を振り解いていってしまったの。
どうして僕は、そんな貴方の手を放してしまったのか。
天に昇るなら果てしないその先まで。地に堕ちるなら何処までも深いその底まで。いつまでも何処までもずっと共にいようと誓った筈なのに。
貴方は僕を置いて一人でいってしまった。
残された僕は今でもこうやって貴方を想い続け、そして残された記憶に縋りついて生きている。


貴方との思い出はひどく優しく暖かいものばかりなのに、思い出せば思い出すほど胸を締めるけるように切なく悲しい感情が込み上げてくる。
記憶の中にいる貴方とその思い出は鮮やかに色付いているというのに、今の目に映る世界は何の感情も示さない、ただひどく殺風景な色のない世界。
貴方がいない世界は何と淋しく無意味なものなのだろうか―――
それでも。
貴方が望んだ世界にする為に。それでも僕は―――



気付かない内にいつの間にか雨は上がっていた。
ふと空を見上げれば、灰色の雲の切れ間から一筋の光が差し込んでいる。
まるでその光は優しく暖かく笑う貴方の笑顔のようで、色を失った僕にはひどく印象的で目に焼きつき、

そして少し悲しくなった。





2008.11 
BGM:After Image