Little Tree



12月24日クリスマス・イヴ当日朝、僕は与えられた休暇によって地上に居た。それも僕に宛がわれたセーフハウスじゃなくってロックオンのセーフハウスに。

稀代のテロリストである僕たちが武力介入を行うこともせず、こうやって地上の人々と同じようにクリスマスという日を迎えることになったのは一重にイベント好きな戦術予報士の所為・・・というより、おかげと言った方が無難かな。自分にも他人にも厳しい、菫色の髪をしたマイスターはかなり怒っていたけれど。
思いがけず与えられた休暇に一番喜んだのは、もちろん戦術予報士に次いでイベント好きな年長のマイスターであるロックオン。公には出来ないけれど、彼と僕とは所謂恋人という関係で、そんな彼とは少しの時間でも一緒に過ごしたい。そう僕は常日頃思ってる。だから、
『せっかくだから一緒にクリスマスを過ごすか?』
と彼にそう誘われた時、一も二もなく返事をするのは僕にとってごく当たり前のことだった。


以前、僕はクリスマスという行事どころか言葉すら知らなかった。
あの閉鎖的な超人機関で幼い頃を過ごした所為か、そういうイベント事に疎い僕にロックオンは丁寧に意味や過ごし方を教えてくれた。
クリスマスというのは主にキリストの生誕を祝う記念日のことで、本来は教会へミサや礼拝などに行って家族団欒で過ごすものだけど、最近では恋人同士が甘い時間を過ごす日にもなっている、と。
僕は家族というものを知らないから本来の意味だけでも充分心惹かれたけど、何よりも一番気に掛かったのは後者の方。
普段から休暇が重なればロックオンと一緒に過ごすことは多いけれど、こういったイベントに普通の恋人同士と同じように一緒に過ごせるということがすごく嬉しくて、またすごく楽しみだった。

なのに・・・・・。



今日二度目となる眠りから目を覚ませば、時計はまもなく正午を示そうという頃だった。
いつもならロックオンと一緒に眠ると少し手狭なベッドには今僕だけしかいない。一人で使うにはこのベッドの広さは充分。でもその広さが少し、心細い。
気怠い身体にシーツを捲き付けてごろりと寝返りを打つと、意図せずに嘆息が口から零れ落ちた。
(あぁ最悪だ。・・・・・まさかこんなことになるなんて・・・僕は憂鬱だよ。)
朝、一度目に起きた時に比べれば身体の怠さは幾分楽になった気はするけども、それでも普段の調子にはまだまだ程遠い。その身体に起こる変調を自覚したら、更にもう一つ、重い重い嘆息が零れ落ちた。


遡って昨日のこと。

AEU圏内にあるロックオンのセーフハウスに向かう為、僕はトレインを使って最寄のステーションに降り立った。休暇に入る前に行ったミッションが僕は宇宙、ロックオンは地上だったので直接現地集合ということになったからだ。
と言っても、ロックオンの方が先にこちらに着いていたから、ステーションまで迎えに行くと連絡が入ったのが前日の夜のこと。彼のセーフハウスへ赴くことは度々あるから、公共交通機関を使って向かうことももう慣れたものだ。なんの問題もない。
ただ予想外だったのは、約束した時間より1時間あまりも早く待ち合わせ場所のステーションに着いたことだった。
平静を装っていたつもりだったけど僕は自分が思っていたよりも舞い上がっていたようで、自然歩く足は早足になっていた。脇目も降らず一心に歩く僕の姿は周囲から見れば滑稽だったんだろうな。
そこへもってトレインとトレインの乗り継ぎが思わぬスムーズにいってしまったのも要因の一つ。ホームに着いた僕の目の前に滑り込んできたトレインに乗り込んで目的地へと向かえば・・・・・こんな時間に着いてしまった。

約束の時間まで1時間少々。
(ここは早く着いてしまったと素直にロックオンに連絡すべきなのかな。)
端末をポケットから取り出してロックオンのナンバーを探しだす。でもそれじゃあ僕が子供みたいに浮かれきってるということがあまりにもわかりすぎて何だか恥ずかしい。
(近くのカフェにでも入って約束の時間まで適当に時間を潰そう。)
そう思って手にしていた端末から視線を上げた時、ふいに目に映ったものがあった。
ステーション前に設置された大きな大きなクリスマス・ツリー ―――
彼の愛機と同じような深い緑色をした大きな木がたくさんの装飾品に彩られて佇んでいる。天辺には大きな星型のオーナメントが一つ。それに加えて赤や青、黄色に白、色とりどりのイルミネーションが鮮やかに煌いていた。
それは夜空に瞬く星のようだけれども、でもその星々に比べてカラフルでとてもとても綺麗だ。僕が生きてきた今までに、これほで煌びやかで鮮やかなものは見たことがなかったかもしれない。
思わず僕はそのキラキラと輝く美しい大きなクリスマス・ツリーに目を奪われ、時間を忘れて立ち尽くし見入っていた。
ロックオンが迎えに来てくれるまで―――


この土地は冬の季節にクリスマスを迎えるから気温がかなり低く寒い。そのことを事前にロックオンに教えられていたからいつものシャツに上着を重ねて来たけれど、宇宙育ちだった僕にはその寒さが想像出来なくて上着を着てはいるものの街行く人たちの装いから見ればかなり僕は軽装だった。
少し肌寒いとは感じるものの、僕は人為的に弄られた身体だ。普通の人よりは丈夫に出来てる。だから何の問題もない。
思えばそれは随分な過信だったんだろう。
今朝起きた時に感じた身体の違和感。何だか喉はイガイガして痛いし、身体も熱くて怠い。確かに昨夜はロックオンと肌を合わせたけれど、でもその後特有の怠さとはまた違うような気がする。
なんだろう?と上手く回らない頭で考えてるうちにロックオンも目を覚まして・・・・・僕の顔を見た途端驚いて、その白い手を額に当てて叫んだ。
「アレルヤ・・・!おまえ、熱あんじゃねぇか!?」


一通りの出来事を思い出して、僕はまた嘆息を零す。
時間も寒さも忘れてクリスマス・ツリーに見入っていた間に、僕の身体はすっかりと冷え込んでしまっていた。たぶんそれが風邪を引いた原因。案の定ロックオンには怒られた。
『そういう時は連絡を寄こすか、その辺の店にでも入ってろ!』
と。そのどちらも僕は一旦考え付いたものだったけれど、でもそれよりあの豪華で綺麗なクリスマス・ツリーを見ていたかったんだ。そして出来たら今日の夜、ロックオンと一緒に二人で眺めたいなぁ、って・・・・・。
それなのにこの様だ。自分が仕出かしてしまったことだけに後悔の念が後から後から湧いてくる。それを表すかのように、今日何度目になるかわからない嘆息がまた口から零れ落ちた。

「アレルヤー・・・って、お?起きてたか。」
がちゃり、という音と共にドアが開いてロックオンが寝室へと入ってくる。朝飲んだ薬の所為で再び眠っていた僕に気を使って他の部屋に行ってくれてたのかな。
「オートミール温めてみたけど食えそうか?」
片手に持ったトレイを軽く挙げながら優しくそう訊ねてくれる。あぁそうか、これを作りに行ってくれてたんだ。普段から世話好きなロックオンは嫌な顔一つ見せず、甲斐甲斐しく僕の看病をしてくれる。ロックオンを独り占めしてるみたいで嬉しいはずなのに、でもどこか悲しい。
(・・・・・ロックオンは残念じゃないのかな・・・・・?)
僕が今日という日に風邪を引いて寝込んでしまって。本当はいろいろと計画を立ててくれたりしてたんじゃないだろうか。それともいつもの休暇と変わらないつもりで僕を誘ってくれたのかな?楽しみにしていたのは僕だけ?
そんな都合のいいように考えてしまったり、かといえば更に落ち込むようなことを考えてしまう自分に軽い自己嫌悪。
ロックオンが作ってくれたオートミールを食べると返事を返して気怠い身体を半身起こせば、目の前に湯気の立つオートミールを乗せたトレイをそっと置いてくれた。のろのろとスプーンを手に取り口に運ぶ。
「それを食べ終えたらもう一回薬な。」
スプーンを口に運ぶ作業を数回繰り返したところでそう言われた。ロックオンが用意してくれた薬、苦くて嫌なんだけどな・・・・・。でも早く治す為には仕方ない、か。

身体は怠い割に食欲はいつも通りで、用意してくれたオートミールは残さず胃の中に入った。あと苦い薬も。
するとロックオンは飲み終えたグラスを僕の手から引き取る代わりに体温計を差し出して、
「もう一回計ってみろ。」
そう言われるままに僕は体温計を口の中に放り込む。・・・下がってるといいんだけどなぁ。それにしても、ロックオンってほんと手際がいいよね。
やがて、ピピピ、と軽い電子音が鳴り響くとロックオンはすかさず僕の口からそれを引き抜いて表示された数値に視線を落とす。すると、見る見る内に眉間に皺が寄っていく。
「・・・・・・・37.8℃。まだまだだな。」
「もう平熱ですよ。」
「アホかっ!おまえの身体がいくら丈夫でも平熱がこんだけあるわけねぇだろ!」
即行で怒られた。そんなに怒らなくったっていいじゃないか。だって、僕は早く良くなって、それで・・・・・。思わず恨みがましい目でロックオンの顔を眺めれば、
「ほら、病人は早く横になったなった。」
はぁ、と呆れ顔でしかも溜息交じりで僕を強制的にシーツの中に閉じ込める。まるで手の掛かる子供のように言われてちょっと悔しい。
身体はまだ少し怠さが残るけど、でも朝起きた時に比べれば随分とマシになった。これくらいになればもう外を歩くことだって出来るはずだ。だって、今日はクリスマスで、1年に1回しかない日で・・・・・。
「・・・・・ロックオンと一緒にあのクリスマス・ツリーを見たいんだもん。」
まるで蓑虫のようにシーツに包まってぼそりと呟く。
あの綺麗なクリスマス・ツリーをロックオンと一緒に見たかった。1年にたった1度しかない今日という日を、普通の恋人同士のようにロックオンと一緒に過ごしたかった。
そんな大事な日に風邪を引いて熱を出して、寝込んでしまう自分が情けなくて悔しくて。口にしたらじわりと目の奥が熱くなってきた。あぁ、なんて僕は子供染みてるんだろう。

はぁ、と頭上でロックオンの吐く溜息が聞こえる。やっぱりこんな子供のようなわがままに呆れてるんだろうか。
「なにもクリスマスは今年だけじゃねぇ。そんなに落ち込むなよ。」
大きくて暖かい手が僕の頭を優しく撫でてくれる。子供扱いのような仕草だけど、こうされるのは嫌じゃない。
うん、わかってる。クリスマスは今年だけじゃないってことは。でも今の僕たちには来年どころか明日の行方さえわからない。だからどうしても今年、今日、ロックオンと一緒に見たかったんだ。
ロックオンもきっとそのことはわかってる。わかってても尚、そう言ってくれるロックオンの言葉が嬉しくて、そして少し悲しかった。
「さぁ、もう1回寝ろ。風邪を治すには寝るのが一番だ。」
そう言われてまだ諦めは付かないけれど、僕は素直に眠りに就いた。



三度目を覚ませばもう夕闇が押し迫る頃だった。薬の所為もあるだろうけど、今日は本当に良く眠れる日だ。
室内はほんのりと薄暗くて、あぁ今頃あのクリスマス・ツリーのイルミネーションは綺麗に煌いてる頃だろうなぁ、と寝起きの頭でぼんやりと思った。ほんと、僕って往生際が悪い。
充分な睡眠と薬のおかげか、身体は随分と楽になった。きっともう熱も下がっていることだろう。
のそり、とベッドから起き上がって室内を見渡せばロックオンは居なくて。それどころか隣の部屋からもTVの音も物音の一つも聞こえなかった。
(・・・・・ロックオン、出掛けちゃったのかな・・・?)
灯りの点いていない薄暗い部屋は妙に淋しさを感じる。灯りのスイッチを入れようとベッドから足を下ろした時に、玄関の方からドアの開く音が聞こえた。

「おー。アレルヤ、起きてたのか。」
やっぱり出掛けていたロックオンは、両手に袋を抱えながら玄関から直接この寝室へと入ってきた。買い物だったのかな。
ロックオンの抱えてる一つの袋には夕食の食材が入っているのだろう。袋の口からバケットが覗いてる。で、もう片方の手に抱えられたものは、やけに大振りな箱らしきもので赤と緑の包装紙でラッピングされてて。
その派手な包装紙に視線を奪われて凝視している僕に気付いたのか、ロックオンはほら、とその箱を僕に差し出した。
「開けてみろよ。」
「え?いいの?」
「もちろん。」
言葉に甘えて丁寧に包装紙を剥がし、箱を開けてみると・・・・・そこには小さなクリスマス・ツリーが入っていた。
「あんなに大きくはねぇけどさ・・・・・。」
これで勘弁な、と驚いて見上げた僕にロックオンは笑ってそう言ってくれた。
そっと箱から取り出したクリスマス・ツリーは両手で抱えられるくらいの大きさだけど、あのクリスマス・ツリーに劣らないほど綺麗で。ううん、ロックオンが僕の為に買ってきてくれたものだからずっとずっと綺麗だ。
「ありがとう、ロックオン!」
嬉しくて嬉しくて、お礼の言葉を述べればロックオンは、俺もアレルヤと見たかったし・・・、と小声で呟いた。そう言ったロックオンの頬はピンク色に染まっていて、そのロックオンの顔とさっきの言葉で僕は更に嬉しくなった。


初めて過ごすクリスマスは風邪を引いてしまってとんでもない日になってしまったけど。
それでもロックオンと一緒に過ごせて、二人きりでクリスマス・ツリーを眺めて。
とてもとても暖かい、僕の大切な思い出になった。

wishing you a Merry Christmas!!





2008.12