Always
何の予定もない日のお昼下がり。
いつもより遅めに起きた今日、遅い朝食と昼食を兼ねたブランチを取ってソファでくつろぐ。後ろにあるキッチンではロックオンがカチャカチャと音を立てながら食事の後片付けをしている。
(・・・・・今日は何をしようかなぁ)
ぼんやりと小気味良い食器が奏でる音を聞きながら、手元のニュースペーパーをぺらりと捲る。世界はひとつになったとはいえ、事件や事故が絶えることはない。けれども、僕たちがもう一度必要になるようなことはもうないだろう。そう願いたい。
そして何よりも、今のこの穏やかで幸せな時間が失われないように。
「なーあ、アレルヤ。おまえ、何か欲しいもんないか?」
突然後ろからそう声を掛けられる。気付けばロックオンは僕が座るソファの背もたれに両肘を付いて僕の顔を覗き込んでいた。僕がぼんやりと考えている間に後片付けが終わったのだろう。
「?どうしたの?突然・・・・」
「いや、おまえもうすぐ誕生日だろう?何がいいかなって考えたんだけど思いつかなくってさ。」
ふと壁に掛けてあるカレンダーに視線をやれば、もう2月も下旬。僕の誕生日まで数日を切っていた。というか、そんなことすっかり忘れていたんだけど。
「なあー、何かないのか?」
「・・・・・急にそんなこと言われても・・・」
こてん、と首を傾げて問うてくるロックオンはとても可愛い。けれどその問いに僕は苦笑いを零すしかなかった。
突然欲しいものはないかと聞かれてもすぐに思いつくものはないし、そもそも僕にはそんなに欲しいと思うものがない。ロックオンにはよく『アレルヤは物欲がない!』と怒られるけど。
それは元々何かを与えられる環境で育ってこなかった所為なのか、元来の性格なのかはわからないけれど。
でもそれに、僕が一番欲しいと思っていたものは今すぐ側にある。手に入らないかもしれないと半ば諦めていたものがあるという幸せ。これ以上望むことなんてない。
「うーん・・・・・」
考え込んでみれば、キラキラと期待を込めたロックオンの顔。
『ない』と言って断ることは簡単なんだろうけど、でもそれを言ってしまえばロックオンはきっと残念がるだろう。悲しんでしまうかもしれない。出来れば、僕は彼にそんな顔をして欲しくないし、させたくない。ロックオンの悲しい顔には僕も悲しくなってしまうから。
ちらりと視線を横に動かしてロックオンを見れば、変わらず期待を込めた表情で僕を見ている。
(あぁ、ハレルヤ、どうしよう・・・・・)
どれだけ考えたって欲しいものはひとつも見つからない。けれどロックオンに悲しい思いをさせたくない。
僕が欲しいもの・・・・・したいこと・・・・・望むもの・・・・・・。
そう考えたところで、ふと妙案が頭に浮かんだ。
「物じゃなくってもいいですか?」
「へ?」
僕の答えにロックオンは訳がわからないと言った表情できょとんとしている。あぁそんな顔も可愛い。
宝石のような碧色の瞳をぱちぱちと瞬かせているロックオンに、僕はもう一度
「僕の欲しいもの、物じゃなくってもいいですか?」
と訊ねてみる。それでもまだロックオンは意味がわからないらしく、再び顔をこてんと傾げた。それでも僕は構わずに望むものを口にする。
「これからの一年、ずっと僕の側にいてください。それが僕の欲しいものです。」
笑ってそう言えば呆けていたロックオンの顔が見る見る間に朱に染まっていく。そうやってすぐ照れるところも可愛いんだって知ってました?
ニコニコと笑う僕の顔を見て、ロックオンは恥ずかしさのあまりにかソファの背もたれに突っ伏してしまう。そして『バカ・・・』と消え入りそうな声で悪態を吐いてきた。
だってしょうがないじゃないか。僕が欲しいものはロックオン貴方自身で、貴方と過ごす時間が何よりも幸せなんだから。
「・・・・・あ、でも一年って・・・・・?」
僕の言葉の一部を不審に思ったのだろう、ロックオンは伏せていた顔を上げて訊ねてきた。それはそうだろう。一年だけって区切るなんて不思議に思われたって仕方ない。だけど、僕はたった一年でなんて思っていない。寧ろこれからずっとロックオンを手放すつもりなんて毛頭ない。
「うん、一年。でもきっと来年も貴方は同じことを訊ねるでしょう?だから来年も同じことを僕は言います。」
誕生日を迎えるごとに『これから一年ずっと一緒にいる』。これを繰り返せばずっとずっと一緒にいられる。ずっとずっと貴方が隣にいて欲しい。それが僕の望みで一番欲しいもの。これ以上贅沢な誕生日プレゼントって世界中のどこを探しても見つからないんじゃないかな。
そんな僕の望みに、ロックオンは『最高に贅沢なやつ・・・・』と呆れながらも、
「わかった。これからもずっとアレルヤの側にいる。」
と約束をしてくれた。ありがとう、最高のプレゼントだよ!
「・・・・・あ、じゃあロックオンの誕生日ももうすぐだよね。ロックオンは何が欲しいの?」
僕とロックオンの誕生日は数日しか離れていない。もうすぐ僕の誕生日ということはロックオンの誕生日ももうすぐということだ。
この話が出たついでに・・・と僕も訊ねてみた。正直、僕もロックオンに何を贈っていいのかわからないから。
すると今度はロックオンが困った顔。
「うー・・・ん、おまえの誕生日プレゼントがこれなら、なぁ・・・・・・」
俺自身も欲しいものなんてないし、アレルヤの誕生日プレゼントで自然俺の隣にもアレルヤがいてくれるわけだし・・・・・と何かぶつぶつと独り言を繰り返してる。
がしがしと亜麻色の髪を掻きながら悩んでいるロックオンも可愛いなぁ、なんてぼんやりと見惚れていたら、ロックオンは急に顔を上げて僕を見て笑うと白くて長い腕を僕の首に廻してきた。ソファの後ろから抱きつく格好だ。
そして耳元でこう囁いた。
「じゃあこの一年、毎日俺に『愛してる』って囁いて?」
吃驚した。まさかロックオンがこんなことを言うなんて!
僕の首元に顔を埋めているからロックオンの表情は見えないけどきっと真っ赤な顔をしているのだろう。正直驚いたけれど、でもこんな彼も可愛いと思う。
全てが終わって一緒に暮らすようになって、少しずつだけれどロックオンはこうやって甘えてくれるようになった。彼の背負っていたもの抱えていたものが少しずつ剥がれていくように。
僕たちがしてきたことは許されることではないし、きっと罪が消えることはないと思う。だけど幸福が人々に平等だというのならば、せめてこれくらいは許されて欲しい。この暖かくて穏やかな時間を。
そして許される限り、ずっとずっとロックオンの側で愛を囁いて生きていきたい。
「お安い御用ですよ。」
そう答えれば、首元で微笑む気配がした。
2009.02