不完全なぼくらの
今日は朝から空気が肌に突き刺さるような寒さだった。昼過ぎには鉛色の空から白いものがはらはらと零れ落ちるようになり、本来なら藍色に染まる時間には街は空から零れた白いもので覆われてしまっていた。
近々行われるであろうミッションの為の調査と短い休暇を兼ねて地上に降りていた僕とロックオンは、日が暮れる頃に宿泊する予定のホテルへと辿り着いた。数日後には僕は宇宙へ、ロックオンは機体が隠してある無人島へと戻ることになっている。
『戻る頃までには融けて交通の足に影響が出ないといいけどなぁ。』
と、いつものようにロックオンは陽気に話していた。本当に、普段と何ら変わりなく。
なのに・・・・・。
シャワーを浴び終えバスルームから出たら室内は薄暗闇に覆われていた。
部屋の主な光源は落とされ、2つ並んだベッドの間にあるライトだけがほんのりと遠慮気味に付近を照らしているだけ。僕より先にシャワーを浴びたロックオンはもう眠ってしまったのだろうかとベッドに視線を向けても、その2つとも部屋に入ったままの姿から変化はなかった。
ならば彼はどこに・・・・・?
ロックオンの姿を探して視線を彷徨わせればさして広くはない室内だ、すぐに見つけることが出来た。その姿を目にしただけで安心し、知らず強張っていた身体の力を解く。
ロックオンもいい大人で、しかも僕よりも年上なのだから、姿が見えないからと心配する必要はないはずなのに。一体僕は何に怯えているというのだろうか。
そんな彼はベッドサイドの光が届かない窓際に佇んで窓の外、未だ降り止まない雪を眺めていた。
「ロッ・・・・・」
ただ静かに窓の外を見ているだけの後姿に、何故か僕の心は言い様のない不安を感じ、声を掛けようとして僕は思わず息を呑んだ。窓ガラスに映った彼の表情を目にして。
ロックオンの数歩後ろに立つと更に感じる、今のロックオンが醸し出す雰囲気。いつもの明るく飄々とした彼とは正反対の、何者も寄せ付けようとしない周囲を硬く拒んだ・・・いや、自らの内に篭っているようなそんな彼の雰囲気。
窓ガラスに映る憂いを帯びたロックオンの顔は悲し気で、苦し気で。外を見ている筈なのに、でもどこか違うところを見つめているような瞳。
何が彼をそんな表情にさせているのだろうか。
その瞳に映る景色?忘れ去れない遠い過去?悪意に満ちた戦いばかりの世界?それとも矛盾を抱えながらも武器を手に取る自分自身?
秘匿義務を課せられている所為で僕たちはお互いの全てを曝け出すことは許されていない。普段は別段そのことに不自由を感じることはないけれど、こういう時はどうしても厄介に感じてしまう。
それでもたとえ秘匿義務があろうとなかろうと、目の前の彼は心の内を僕に見せてくれるかどうかわからないけれども。
だけど。だけどほんの少しでも彼の力になれたら。
そんな些細な望みを胸に秘めつつ、無力な僕は彼の後姿をみつめることしか出来なかった。
大気中を舞う白い結晶は未だに勢いを衰えさせず舞い続けている。世界を白く染め上げるように、埋没させるように。まるで世界に存在し続ける悲しみや憎しみを埋め尽くすかのように。
どうせなら本当にそんなものを消し去ってくれればいいと思う。そうすれば僕たちのような存在もいらなくなるし、僕たちが苦しい思いをしなくてもよくなるだろう。
けれどそんなことは結局逃避でしかない。僕自身、よく判っているつもりだ。
こんな悲しみや苦しみに溢れ歪んでしまった世界を変えたくて武器を手に取った。どうしようもない世界が嫌で嫌で、寧ろ憎しみすら抱えていたかもしれない。
それでも。こんな世界でも。
彼と、ロックオンと出逢えたことで少し救われるような気がした。
悲哀と苦悩に満ち溢れた世界でも、側に居られるだけで同じ時間に居られるだけで。息をしているだけで同じ痛みを感じるだけで。
ほんの少し、幸せを積み上げられる愛に気付いてしまったから。
だから貴方が居るだけで、僕はこの世界が少し好きになったかもしれない。
貴方が居てくれるだけで、僕は強くなれる前を向いていける。
貴方にとって、僕もそんな存在でありたいと願う。
「・・・・・ロックオン」
意を決してそっと囁くように呟き後ろから抱きしめた。全ての悲しみから守るように。
けれど僕たちはお互いの過去を口にすることは出来ないし、古傷を語ることも出来ない。それでもただこうやって抱きしめることで、その傷をほんの僅かな時でも忘れることが出来るのなら・・・・・。
「大丈夫だよ、アレルヤ。」
そう言って僕の手に触れてくれたロックオンの手が暖かくて、じわりと胸が、瞳が、熱くなった。
こんな僕たちに未来なんてないかもしれない。幸せなんてものも訪れてくれることはないだろう。
それでももう二度と離れないと誓う。明日が悲しみに溺れることになろうとも。苦しみに足掻くことになろうとも。この身が朽ち果てるまで、いいや例え魂だけになってもずっと、ずっと側に居ると。
それが、不完全なぼくたちの ――――― 愛
2009.03