pain−この痛みを君にも分けてあげる−



ぱちん、と乾いた音が白い部屋に響き渡った。
音を立てた原因は高く掲げられた僕の右手。それに驚いたロックオンは、ひとつになってしまった綺麗な地球色の瞳を大きく瞠ってぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
手袋に覆われていない白い手がゆるゆると上がって、そっと頬に添えられる。今起こったことを確認しているようだ。その手を添えられたロックオンの左頬は、既にほんのりと赤くなっていた。
僕が叩いた、からだ。

腹が立った。そして悔しかった。悲しかった。ロックオンの取った行動がどうしようもなく。
なぜ何も言ってくれなかったの。どうしてそんな身体で、しかも一人で戦おうとしたの。貴方の抱えるものを僕にも分けてくれなかったの。
どうして、僕を置いて一人で逝こうとしたの。
そんな言葉がぐるぐると頭の中を渦巻いて、でも口に出てこなくて。結果目覚めたばかりだというのに、僕は遠慮の欠片もなくロックオンの頬を叩いた。
背後にいる刹那とティエリアが僕の行動に息を呑んだのがわかる。彼らにしてみれば僕のしたことは突拍子もないことだったのだろう。僕を止めようとして何かを言い掛けて、けれど結局思い止まり二人は何も言うことはなかった。
それを僕は少しありがたく思った。


叩いた右手がじんじんとしている。きっとロックオンの頬も痛んでると思う。力加減は・・・あまりしなかったから。
けれど、貴方の行動によって傷付けられた僕の胸の痛みに比べればどうってことはないはずだ。
あの、貴方を失ってしまうかもしれないという絶望感に比べれば・・・。

「・・・アレル、ヤ・・・」
少し掠れた声で躊躇いがちに呼ばれた名前に答えることは出来なかった。今口を開いたらとんでもないことを口走りそうで、そして、泣いてしまいそうだから。
だから僕はぐっと唇を噛んで耐える。俯いて、握り締めた拳にぐっと爪が食い込むのがわかるけれど、そんな痛みは全然気にならなかった。
「アレルヤ」
もう一度名前を呼ばれた。今度は優しく、諭すように。
その声色が、駄目だった。
大好きな声が包み込むように僕の名前を紡げば、必死になって耐えていたものを容易に壊して、僕の感情を一気に決壊させる。
「・・・っ、」
堪えきれなくなった滴がきつく閉じた目から溢れ頬を伝い、床にぽたりと滲みをひとつ作った。それはひとつだけに止まらず、ふたつみっつと増えていく。言葉にならない言葉は、ただ嗚咽となって口から零れるばかりだった。
そんな僕にロックオンは少し困った顔をして、それでももう一度優しく名前を呼んで、震える僕の身体にそっと腕を伸ばしてくれる。包み込むように伸ばされたそれがたまらなくて、僕はロックオンの身体のことも考えずに思わず抱きついた。
「ロックオン、ロックオンロックオンロックオン!!」
悔しくて悲しくてそれでも嬉しくて。今目の前にはちゃんとロックオンがいる。僕の腕は、身体は、ちゃんと彼の温もりを感じている。それがどうしようもなく嬉しくて。言葉にならない気持ちは、ただ彼の名前を繰り返すことしか出来なかった。
傷に触ったのか、ロックオンは少し苦痛の声を上げたけれど、それでもその白い指で泣きじゃくる僕の頭や背をゆっくりと撫でてくれる。
「・・・ごめんな」
そっと耳元で囁かれた謝罪の言葉に、僕は頭を振って答えることしか出来なかった。確かに、ロックオンがしたことは許せないけれど、でも、もういい。貴方が生きていてくれたから。今ここに貴方がいてくれるから。だけど約束して。
「もう・・・どこにも行かないで」
濡れた声で告げた懇願に、ロックオンは微笑みながら約束してくれた。
「ああ。ずっと、アレルヤの側にいるよ」
と―――





2009.05