pain−この痛みを君も思い知ればいい−
何年ぶりか数えないともうわからないほど久しぶりなその顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
目の前に立つ男は俺と同じ顔をしていたはずなのに、いつの間にか右目の部分に黒い眼帯が覆われていた。
俺と瓜二つの顔で唯一、ほんの少しだけ違う瞳の虹彩。俺より少しだけ濃いそれがひとつだけになっていた。
そうなった経緯を聞いてはいたから驚きはしない。それでも、そうなった理由を考えると胸が締め付けられるように痛んだ。
だというのに、当人はそんなことを気にした風もなく、ただ罰の悪そうな、少し困った顔で笑っている。
その態度が癪に障って、目の怪我のこととか今までの経緯とかいろんなことにどうしようもなくムカついて。
言葉よりも手が先に出てしまい、思わずその身体を突き飛ばしていた。
油断していたのか、俺の突然の行動にその身体はなんの抵抗もなく、存外呆気なく背後の壁に背を打ち付ける。どん、と鈍い音が室内に響き渡った。
その音に驚いたのか、それとも俺の行動に驚いたのか。目の前の男は、ひとつだけになってしまった目を大きく瞠って俺の顔を見つめてくる。
その視線が、やはりひとつしかないことに胸が苦しくなる。俺と唯一違った瞳の色。俺と違う人間なんだと教えてくれた唯一のもの。
(俺はその目の色が好きだったのに・・・)
視線が、胸が痛くて、俺は唇を引き結び黙って俯いた。なんて言ったらいいのか、わからない。
言いたいことは山ほどある。
どうして黙って姿を消したんだとか、どうしてこんな組織に首を突っ込んだんだとか、勝手なことばっかしてんじゃねぇよとか、どうして俺になにも言ってくれなかったんだとか、俺がどんな思いをしたと思ってんだとか。
文句ばかりが頭の中でいっぱいになって、ぐちゃぐちゃになって、口にはなにひとつ出てこない。
俺にはなにも言ってくれなかったことが悔しいし、黙って勝手なことばっかやってたのにはムカつく。それでも、本当は・・・・・。
「・・・・・ライル」
俯いている俺の頭の上から、少し困ったような優しい声が降ってくる。久し振りに聞いた声は、やっぱりあの頃と同じ響きをしていて、それでいてやっぱり俺の声と良く似ていた。
「ライル」
もう一度名前を呼ばれた。けれど俺は顔を上げることが出来ない。顔を上げたら口からいろんなものが飛び出してきそうだから。
そんな意地を張った俺に、少し呆れたようなため息が頭上から聞こえた。どうせ子供っぽいって思ってんだろ。同じ年のクセに、俺はあんたに比べていつもそうだった。
「・・・・・ごめんな」
なのに俺の思っていることとは裏腹に、そう謝罪の言葉を口にすると俯いたままの俺の身体をふわりと抱きしめてきた。優しく、そっと。
その久し振りに感じる体温がとても懐かしくて、温かくて。離れ離れになってからずっとずっと探し求めていた温もりで、それが、やっと・・・。
「・・・・・兄さんっ・・・!」
それが引き金になったのか、耐え切れずに思わずその身体を抱きしめ返していた。ああ、やっと俺の腕の中に帰って来た愛おしい温もり。
抑えていたものが、一気に溢れ出していく。縋るように、俺は兄さんの首筋へと顔を埋めた。もういい大人なんだし泣くことなんてみっともないと思う。なのに、目の奥が熱くなってどうしようもない。
それを隠すように、俺は兄さんの身体を一層強く抱きしめた。
「・・・生きてて、よかった・・・」
どうしようもなく悔しくてムカついて。でも本当は。たとえどんな姿になろうとも、生きていてくれただけで嬉しかったんだ。
もう、こんな身を切られるような思いなんてものはしたくない。だから。
「・・・もう、離さないから、な」
やっと顔を上げて、少し赤くなっているだろう目で見つめて宣言すれば、兄さんは「ああ」と笑って答えてくれた。
もう、ずっと離れないから。
2009.06