sweet fravor
ぱらり、と手元で紙をめくる音がする。
その音を俺はTVに映るビジョンにぼんやりと視線をやりながら耳の片端で捉えていた。
またぱらり、と響く。
規則正しく響くそれは、読み手がその世界に没頭しているだろうことが容易に想像出来て、そのこと俺は心の中でこっそりと溜息を吐いた。
見るともなしに点けていたTVは少しも面白くなくて、ともすれば不快になりがちなそれをリモコンに手を伸ばして視界から消す。
ああいやどこか不快に思うのは、内容じゃなくて俺の気分てところか。
だが蟠るそれを口にするのはどうにも子供じみていて憚られた。言うのは簡単なことなのだけれど、だからと言ってそれを口にするには俺のくだらない自尊心が邪魔をするのだ。まったく、どうしようもない。
けれども今のこの状態が何とも面白くないのは変わらない。苛々する。
だから少し気を紛らわせようとテーブルの上に置いてある煙草に手を伸ばすが、ふと目の前の存在に思い当たってそれを止めた。このままじゃせっかくの匂いが煙臭くなっちまう。
ならば、どうせならその香りを堪能しようかと、その腰に廻していた腕に力を込めていとおしい存在を引き寄せ、えもいわれぬ色香を醸し出す白い首筋に顔を埋めた。
「・・・ライル?」
すると今まで俺の存在を忘れていたかのように本の世界に没頭していたニールが、どうした?と怪訝な色を滲ませて俺の名前を呼ぶのにホッと心が安堵する。
ああ、やっと帰って来てくれた、と。
情けないことに、本に熱中しているあまり俺を見てくれないことが悔しかったのだ。なんて子供じみた独占欲。
けれど、くだらないと理解っているそれでもどうにも止めることが出来ない自分に再び心の底でそっと溜息を吐いた。
でも、やっぱり、放っておかれたことはちょっと悔しくて。
だからほんのちょっと、意趣返しの悪戯をしてやろうと、俺を呼ぶニールの声に応えることをせず戯れるように目の前の俺を誘う首筋へとそっと唇を這わせてやった。
「っ、ライル!」
そんな俺の行動に咎める色を滲ませた声がもう一度俺の名前を呼ぶ。
ちょっと焦ったそれに俺はくつくつと喉の奥で笑いながら、宥めるように引き寄せた身体をぎゅうっと抱き締めた。
「・・・兄さんてさ、」
「?」
「いい匂いするよな」
「はぁ!?」
首筋に埋めた鼻をまるで犬のようにくんくんと鳴らしてそう言えば、何を言っているんだとばかりに素っ頓狂な声が返ってくる。
「エロくて甘くて・・・食べたくなるような匂い」
「っば、ばかっ!んなわけねぇだろ!一緒に住んで同じもん使ってんだ、おまえと一緒だろうが!?」
匂いを堪能しながらぺろりとその首筋を舐め上げれば、擽ったいのかぶるりと震えるその仕草が俺の心をも擽っていくって知ってた?ニール?
「いいや違うね。兄さんの匂いは兄さんの身体みたいに甘いんだぜ?甘くてエロくて、すごくそそられる・・・ね、味見させて?」
「ばっ・・・!?」
廻していた腕をそっと服の中へと忍ばせ脇腹を撫で上げながら、首筋に今度はちゅ、と口付ければニールの肌はふわりと朱色に染まっていく。
その反応がまた堪らなく俺を刺激して、不快だった気持ちはいつの間にかすっかりと晴れてしまっていた。
ほんと、俺の気分はニール次第だ。
その自分の単純さに自嘲しつつも、ね、ダメ?と強請るように耳元で囁けば、すっかり耳まで朱くなってしまったニールは俯いて言葉にならない言葉を呻いた後、
「・・・味見、だけで終わらせるつもりなんてないくせに・・・」
もちろん。さすがニール、俺のことをよく理解ってる。
呆れた溜息を溢しつつも、それでも手元の本をぱたりと閉じたニールに俺はにこりと笑い返し、それでは、と遠慮なく頂くことにした。
今日もじっくりと味合わせて頂こうっと。
2010.03