・ライニル
「・・・あつーい・・・・・」
今日何度目、いや何十回目の言葉が背後から聞こえてくる。俺は手元の本に視線を落としたままで、そりゃそうだ、と心の中で思った。
何せ今は夏だ。夏が暑くなくてどうする。寒かったらそれこそ地球の危機だろ。
「あついよー・・・ねー兄さぁん、クーラーの温度もっと下げようぜー」
だらしない声でそう言いながら、背後からリモコンに手を伸ばそうとする腕をぱしりと叩いた。
「もう充分下がってる。いつもより低いくらいだ」
ぴしゃりとそう言い放てば、背後にいるライルは俺の肩に額を乗せて、兄さんのいけず、と恨み言をひとつ。失礼な。
それでも暑いだの融けるだの文句を言い続けるライルに、俺は手元の本をぱたんと閉じて、呆れた溜息をひとつ零した。
「・・・だったら離れりゃいいだろ。くっついてくるから余計暑いんだ」
そう、ライルは今、ソファに座る俺を背後から抱えるようにして同じくソファに座っている。つまり俺の背中とライルの胸が服越しとはいえ密着しているわけだから充分に、いや余計に暑い。
そういう俺だって背中は汗でびっしょり濡れていて、服が肌にくっついて若干気持ち悪い。
だから離れようと身体を少し前屈みにすれば、ライルの身体はまるで磁石のように俺の背中を追い掛けてくる。
「・・・・・おい」
暑いんだろうが、と振り向いて文句を言えば俺より少し青みの強い瞳と視線がぶつかって、そのどこか真剣味を帯びた眼差しに思わずどきりとした。
そして背中を一筋の汗が伝っていく感触にぞくりとする。
「だぁって、兄さんと離れたくないんだもん。それに・・・」
だがそんな眼差しは一瞬で消え、変わりに悪戯を楽しむ子供のような表情でライルはにこりと笑うと、
「・・・兄さんだって俺から離れないってことはそうでしょ?」
そう言って俺の腰に廻した腕により一層力を込めて抱きしめられた。うぅ、そう言われると返す言葉が無い。
何だかんだ言ったってライルの好きにさせているのは、実は俺もそれを望んでいるわけで。
ぐぅ、と唸って黙ってしまった背後で、兄さんわかりやすすぎー!と笑うライルの声が聞こえた。ほっとけ!
「・・・だから、さ」
再びリモコンに手を伸ばし、ピピッと温度設定を変える腕を俺はもう止めることを出来るはずもなく。
ああ、俺ってほんとこいつに弱い・・・
2009.06.01〜2009.10.30 Clap