・アレニル
・1期ベース



コンコン、コン―――

「ロックオン、僕です。」
他のものと差異のない、それでも見慣れた無機質なドアを三度叩き、アレルヤは普段より幾分控えた声量で室内の住人に声を掛けた。
広大な宇宙の中を航行するトレミーの中、宙では常に暗闇に支配されてるとはいえ、現在の時刻はグリニッジ標準時でも深夜といって差し支えのない時間。多くのクルーも今は暫しの休息を取っているはずだ。だからアレルヤは潜めるように声を掛けた。
そして室内からの返事を待たずに、慣れた手付きでタッチパネルに暗証番号を打ち込んでドアを開ける。この部屋の住人であるロックオンとは既にそういう関係になってかなりの時間が経っているので、その行為は既に慣れたものであるし、またロックオンからも許可は得ているので咎められることもない。
けれどいくら認められているとはいえ、更にロックオン自身からわざわざ断る必要はないとも言われているが、やはりノックをし声を掛けるということは必要最低限の礼儀ではないかとアレルヤは思っているので、一声掛けてから入る、ということを常に心掛けている。

そうして入った室内はやけに静まり返っていた。
いつもなら喧しいくらいに愛嬌のある音声と行動を繰り返しているロックオンの相棒・ハロも今は普段の跳ね回るような動きはせず、ただ床を静かにコロコロと転がっているだけ。そんなハロの不自然さも併せてこの静かな空間にアレルヤは首を傾げながらも数歩足を進める。するとさして広くもない部屋の大部分を占めるベッドの上に、部屋の住人であるロックオンは体躯のいい身体をまるで子供のように丸めて転がっていた。
「・・・・・・・ロックオン?」
訝しげに、また呟くようにアレルヤはそっと声を掛ける。何か彼の身体に不調が?と疑わないわけではないが、何より彼の相棒であるハロは騒ぎ立てるわけでもなく大人しくしているのだ。
アレルヤは一瞬動揺しそうな思考を冷静に状況判断することで落ち着かせれば、案の定目の前に転がっているロックオンからは気持ち良さそうな寝息が零れていることに気付き、だがそれでも無意識の内に緊張していたらしく、ほっと安堵の嘆息がアレルヤの口から零れ落ちた。

だが今のロックオンの状況が不調からのものではないと安心したとはいえ、素直に安堵という感情だけがアレルヤの心を占めたわけではない。ほんの少しがっかりした、という気持ちがなかったとは言えない。
アレルヤがロックオンの部屋を訪れた主な目的は、彼に借りた本を読み終えたので返しに来たというのが本来のものなのだけれど、それでも心のどこかに疚しい気持ちがあったのも事実なのだ。
けれど気持ち良さそうに眠るロックオンを起こしてまで、その行為をしようという気持ちにもなれない。途切れることのないミッションと、自分も含め年下のマイスターの面倒を自らとはいえ引き受けているロックオンは肉体的にも精神的にも疲れているのだろう。
そう思うとアレルヤは自分の我を通す気持ちは消え失せてしまった。それがアレルヤのいいところでもあるし、またアレルヤがロックオンを想う気持ち所以の為せるところである。

アレルヤは片手に持っていた本をデスクの端にそっと置くと、ロックオンの眠るベッドの側に膝を付いて顔を寄せた。
端整に整った顔は穏やかに寝息を紡ぎ続け、アレルヤの好きな蒼碧の瞳は今は閉じられたまま。普段はマイスター内だけでなくトレミー全体の兄貴分として、またしっかりとした大人の雰囲気を醸し出すのに、寝顔はまるで無邪気な子供のようだ。
呼吸が触れ合うほど顔を寄せてもロックオンは起きる気配を見せず、そんな様子にアレルヤは思わずくすりを笑みを零した。
快適に過ごせるように空調を調整されたトレミー内だけれど、やはり何も身体に掛けずに眠るのは身体によくないのではないか、とアレルヤはベッドの端に折りたたまれていたブランケットを手に取ってそっと横たわるロックオンの身体に掛ける。
「・・・・・おやすみなさい、ロックオン。」
自分の心の奥底にあった微かな望みは叶えられなかったけれど、せめてこれくらいは許されるだろうとアレルヤは言葉と共に僅かに開いた薄桃色の唇へ自分のものを寄せた。

そして部屋を後にしようと立ち上がりかけた時だった。
「・・・・・そんだけか?」
室内に自分以外の声が響きアレルヤは驚いて身体を硬直させる。視線を下に向ければ、今まで眠っていると思っていたロックオンがその蒼碧の瞳を露わにしてアレルヤを見上げていた。口端は僅かに上がり、悪戯的な笑みを浮かべている。
「・・・っ、起きてたの!?」
「んー?今起きた、王子様のキスで。」
驚き狼狽するアレルヤを見てロックオンは笑ってそう言えば、そのロックオンの言葉にアレルヤの頬は朱に染まる。起こしてしまったという罪悪感よりも、自分がしたことに気付かれていたという羞恥の方が上だった。
「ひ、人が悪いよ、ロックオン!」
つい誤魔化すように言い募るアレルヤに対してロックオンは、悪ぃ悪ぃ、とさほど謝罪感を感じさせない軽い口調で言いながらアレルヤの腕を取って自らの方に引き寄せた。
「な、続き、しねぇの?」
「・・・っ、貴方って人はもう・・・・・!」
引き寄せられるがままにアレルヤはロックオンの上に覆いかぶさるような格好になる。そしてそのまま引き合うようにお互いの唇を重ね合わせた。
「・・・・・・敵いませんよ・・・・・」

初めは重ねるだけだった口吻が次第に激しくなっていく頃、ロックオンの腕は側を転がっていたハロを捕まえてスリープモードにさせていた。
これからは大人の時間の始まり―――――





2009.03