ありふれた日常こそ愛しきものかな



それはそれはありふれた日常のいつも通りの朝。


コポコポと小気味良い音をサイフォンが奏で、芳ばしいコーヒーの香がダイニングキッチンを包む。
手元ではバターを溶かしたフライパンに、ミルクを加えた卵を入れて手早くかき混ぜスクランブルエッグを作り、その傍らではベーコンをカリカリに、切れ目を入れたウィンナーもこんがりと焼き上げる。
水切りをしたレタスとトマト、出来上がったスクランブルエッグ、ベーコン、ウィンナーをひとつひとつの皿に盛り付けていると、チン、と軽い音と共にトースターが焼きあがったパンを跳ね上げた。
その音と同時にカチャっとドアの開く音がすると、
「ろっくおん、おはよーございます。」
「・・・・・はよー。」
寝グセのついた頭をしたアレルヤが、未だ眠たげに目を擦るハレルヤを引き連れて姿を現した。寝起きのいいアレルヤが、ほんの少し寝起きの悪いハレルヤを連れて起きてくるのはいつものこと。
「おはよーさん。アレルヤ。ハレルヤ。」
あー・・・・アレルヤの頭もすごいけどハレルヤのも相当なもんだな・・・今日の準備はちょっとかかりそうだ、とぼんやりと思いつつ笑顔で朝の挨拶を交わす。
一日の始まりの挨拶を笑顔で迎えるとその日一日楽しく過ごせるような気がするからな。大事だぞ、朝の挨拶は。

「朝メシ、もうすぐ出来るからライルを起こしてきてくれるか?」
まだ作り終えぬ朝食に忙しなく動きながら小さな兄弟にお願いをすると、その言葉にアレルヤは『はーい。』と返事をして、手を繋いだままだったハレルヤを連れてライルの部屋へと向かった。
その間に、と俺は盛り付け終わった皿をテーブルに並べ、焼きあがったパンにバターを塗る。これは俺とライルの。アレルヤとハレルヤにはいちごのジャムを。どうやらこれが、おちびたちの最近のお気に入りらしい。
バターとジャムを塗ったトーストが出来上がり、次に俺たち用のコーヒーをマグカップに、小さな兄弟用にオレンジジュースをプラスチックで出来たコップに注いでいると、『らいるー、はやくおきてー』とアレルヤの声と、ぐぇっ、と蛙を踏み潰したような声が聞こえてきた。
ああ今日もハレルヤに飛び乗られたな。
そんなライルに一抹の哀れさを思うけど、ちゃんと朝食の時間に起きてこないおまえが悪い、と心の中で呟いた。


「ほら、アレルヤ。口の周り、ジャムでベタベタだぞー。」
口の周りを真っ赤にしてトーストを頬張っているアレルヤの口を拭ってやっていると、隣でタコさんウィンナーを頬張っているハレルヤが『ったく、おまえはとろくせぇなぁ』なんて大人ぶって言うけれど、そういうおまえは皿の周りにスクランブルエッグを撒き散らしてるって。ったく、クロスに食わしてどうするんだよ。
自分の分を口に運びつつアレルヤとハレルヤの世話をやいていると、奥からドタドタと忙しない足音が響いてきた。ああやっと起きたな、あいつ。

「ニールッ!何でもっと早く起こしてくれないんだよ!」
慌てて着替えたんだろうライルはネクタイを締めながら、そう喚いてリビングに入ってくる。静かに朝食を取っていた部屋はこいつの登場で一気に騒がしくなった。・・・・・おい、シャツ、スラックスからはみ出してるぞ。
「アレルヤとハレルヤが起こしに行ってくれただろう?」
「あんな起こし方、起きるどころか花畑の見える所へ行くって!」
「ていうか、いい大人なんだから自分で起きろ。」
「うわっ!ニール、冷たっ!お兄ちゃんに向かってそんなこと言う!?」
なんだそれは。兄と弟ったって、数時間の差じゃねぇか。どんな理屈だ、全く。そんなこと言うんだったら、明日から俺の起床時間と同じ時間に起こしてやる。覚えてろ。
喚くライルを黙殺して、ゆっくりと朝食を取る俺たちを尻目にライルはもの凄い勢いで並べてある朝食を口へとかっ込んでいく。おい、せっかく作った朝メシ、もうちょっと味わって食え。

最後に適温になってしまったコーヒーを一気に煽ると、『うわっ!もうこんな時間!』と叫んでライルはまた慌しく玄関へと駆け出して行く。
『今日も遅くなるだろうから!先にメシ食ってていいからなー!』と玄関先で叫ぶライルに、
「はいはい、行ってらっしゃい。」
「いってらっしゃーい。」
「はやくいけ。」
と三者三様の見送りの言葉を投げかけると同時にドアの開閉音がした。このやりとりも、またいつものこと。


朝食を食べ終えて食器の後片付けが終わると、保育園に通うおちびたちを着替えさせてやる。最近は自分で着替えられるようになってきたけど、やっぱり手助けは必要だ。
着ているパジャマを脱いで、用意してやった服に袖を通していく二人を見守ってやる。
「ん?あれ?あれれ?」
と困っているのはアレルヤ。ああ、頭を通すとこ、わからなくなってる。
「ほら、アレルヤ。頭通すとこ、こっち。はい、ばんざいして。」
「ばんざーい。」
両手を上げたアレルヤにちゃんと服を着せてやっていると、隣でちゃんと着れたハレルヤが『ほんと、アレルヤはとろくせぇなぁ。おれはちゃんときれたぜ!』って自慢げに言ってるけど。
「ハレルヤ、前後ろ逆だ。キュリオスが後ろにいるぞ。」
「あ・・・・・・」
お気に入りのTシャツにプリントされているキュリオスが見えないことと、アレルヤに自慢気に言ったわりにちゃんと着れてなかったことが恥ずかしかったのか、ハレルヤは呟いたまま俯いてしまった。
俺は込み上げる笑みを必死で止めて、ハレルヤの前後ろ逆に着てしまったTシャツをちゃんと着せなおしてやる。
ここで笑ってしまうと、ハレルヤは拗ねてしまって後が大変だからな。


着替え終わったおちびたちに朝の子供番組を見させておいて、今度は洗い終わった洗濯物を干しに行く。ああもう、朝はやることが多くて大変だ。
ベランダで洗濯物を干していると、リビングから『やったぜ!』と嬉しそうなハレルヤと、『えぇー。』と残念そうなアレルヤの声が聞こえてくる。おそらく、あいつらが好きなコーナーが始まったんだろう。
ハレルヤの嬉しそうな声が聞こえたってことは、どうやら今日のコーナーは“きょうのにゃんこ”だったんだろう。ということは、保育園へ送っていく途中で花屋さんに寄ってアレルヤにマルチーズを見せてやらないといけないな・・・・・今日は少し早く出なきゃダメだな、と心の中で時間の計算をしてみる。
すると足元へコロコロと転がってきたハロが、『7ジ50プン、7ジ50プン!』と時間を告げてくれる。
「やべっ!もうそんな時間か!アレルヤ、ハレルヤ、用意しろよー!」
と叫ぶと『はーい』と二人分の返事が聞こえてくる。そして俺は残っていた洗濯物を慌てて干した。
見上げた空は抜けるような蒼。今日も一日天気が良さそうだ。洗濯物もよく渇くだろう、なんて考えてしまう俺はもう根っからの主夫なんだろうかとぼんやりと思った。


大量の洗濯物を干し終えて、自分も出勤する為手早く用意をする。
以前はそれなりの企業に勤めてたから、やっぱりそれなりのスーツを着なくちゃいけなくて朝の準備には時間が掛かったけど、今は近所の本屋勤めにしたから服装はカジュアルなものでいいし、何より朝の準備が楽なのがいい。
用意を終えて、火の元、戸締りを確認して玄関へ向かうと、既におちびたちは園指定のスモッグと帽子を身に付け、アレルヤは橙色、ハレルヤは黄色の鞄を肩から提げていた。よし、忘れ物はないな。
「お待たせ。んじゃ、行くか。」
と声を掛けると、アレルヤは『はーい』、ハレルヤは『おせぇよ。』とそれぞれの反応を示して自分たちの靴を履き始める。ここもちゃんと見てやってないと、左右逆に履くんだよなぁ、まだ。

「んじゃハロ、留守番頼んだぜ。」
「マカサレテ!マカサレテ!」
利口なペットロボのハロに留守番を頼んで、玄関のドアを開けてやるとアレルヤとハレルヤは、
「「いってきまーす!」」
と声を揃えて元気に飛び出して行った。こら、俺を置いていくな!
ドアに鍵を掛けて、それを確認して走り出したおちびたちを慌てて追いかける。これもまたいつものことなんだ。

でも。
こんな何事もない、いつものありふれた日常が愛しいものなんだなぁ、なんてぼんやりと思った。





2008.07