真夏の昼下がり、涼やかなるものは
ついこの間、TVの中でお天気お姉さんが梅雨明け宣言をして、外はもうすっかり夏のそれ。
空は雲ひとつない晴天で、夏の太陽は容赦なくその存在を主張しているそんな日の昼下がり。
少しでも涼しい風を望んで開け放している窓からは、期待するほどの涼風は入って来ず、代わりに届くのはミンミンとかシュワシュワとか忙しなく鳴き続ける蝉の声。まぁヤツラもほんの少しの命の時間をめいいっぱい使ってその存在を主張しているんだから仕方がねぇんだけど。・・・・・それにしても五月蝿い。
ならば窓を閉めてクーラーでも入れればいいんだが、保育園が数日間の夏休みに入り家におちびたちがいる今はクーラーのスイッチも入れずに自然の風で我慢することにしている。
人工的な冷たい風も気持ちはいいかもしれないが、あの子たちの身体にはあまり良くないだろう。経済的にもいいし。なーんて思う当たり、ほんっとーに主夫だよな、俺。
それにしても暑い。
あんまり夏は得意じゃねぇんだよなぁ、俺。とぼんやりと団扇を仰ぎながら外を見上げていたら、パタパタと軽い足音が廊下を駆けてくるのが聞こえた。
「なぁなぁろっくおん。あいす、くっていーかー?」
金色の瞳をした双子の弟、ハレルヤがドアを開けるなりそう聞いてきた。ああもう昼寝から起きちまったのか。まぁこんなに暑けりゃ起きちまうよなぁ。
「あいす、たべていーい?」
部屋に入ってきて俺の目の前に立つと、今度は銀色の瞳をした双子の兄、アレルヤが小首を傾げて聞いてくる。するとハレルヤも同じように小首を傾げて、二人とも俺の返事を待ってる。この仕草がなんともいえないくらい可愛いんだよなぁ。
昼寝から目覚めた小さな兄弟は、二人とも額に汗を滲ませていて、それを首に掛けていたタオルで交互に拭いてやると、くすぐったそうに笑い声を上げた。
まぁ、暑いから冷たいものを食べたくなる気持ちはわかるけど。
「ダーメ。アイスは1日1本って約束だろ?アレルヤもハレルヤも、もう午前中に食っちまったじゃねぇか。」
いつもなら昼寝の後に食べるアイスクリームも、今日はこの暑さのせいだろうかアレルヤとハレルヤは珍しく午前中に欲しがったので与えてしまっていた。しまったなぁ。
不許可の言葉を与えつつ自分に向けていた団扇を二人に向けて仰いでやると、えぇーっ!、と明らかに不満げな声が二つあがる。
二人の残念そうな顔を見ると、こんなに暑いんだし、今日くらいは・・・・と一瞬心は揺らぐけど、約束は約束だしな。可哀想な気もするけど。
「あんまりアイスばっかり食ってると、お腹壊してモレノ先生に注射してもらうことになるぞー。」
ふざけた口調で言いながら、アレルヤの小さな腕を取って、仰いでいた団扇の柄を注射に見立ててマネしてやる。
モレノ先生ってのは近所にある掛かりつけの小児科病院の先生なんだけど・・・・・ちょっと外見が独特っつーか、奇抜っつーか。ま、腕は確かだし、人柄自体は悪くはないんだろう。病院は流行ってるようだし、アレルヤとハレルヤも先生自体は嫌いじゃないらしい。
ただ、注射だけは嫌いらしい。風邪引いた時とか予防接種の時とかは、アレルヤだけじゃなくハレルヤまで大泣きするから大変なんだよな。ま、俺もライルもガキの頃はそうだったし・・・みんなそんなもんか。
だから注射と聞いて、アレルヤとハレルヤの顔はみるみる眉がへの字に変わっていく。
「ちゅうしゃいやー。」
「ちゅうしゃきれー。」
「んじゃ、今日は我慢しような。また明日になったら食っていいから。」
注射と言う言葉を聞いて泣きそうになった二人に、若干心は痛むけどそうでも言ってやらないと諦めないんだよな、こいつら。意外にも頑固なんだよ。特にアレルヤの方が。
また明日になったら食べてもいい、と宥めた言葉に二人は渋々といった感じだが、どうやらアイスを食べることを諦めたようだ。まだかなり不満気は残る顔をしてるけど。
「んじゃ、今日のおやつはプリンでも食うか?」
諦めたけれどでも納得はしていない、不機嫌な顔をしたおちびたちに、代わりと言っちゃなんだが違うおやつの名前を出してやると案の定ぶーたれていた顔がみるみると綻んでいく。プリンはアレルヤとハレルヤの好物の中のひとつだ。
「うん、たべるー!ぼく、ぷりんすきー。」
「ちゃんと、さくらんぼものせてくれよなー。」
今度はプリンという言葉を聞いて、一気に機嫌が治ったらしい。もうアイスのこと忘れてんのか?ハレルヤなんて、ご丁寧にさくらんぼを乗せることまで要求してるし。ほんと子供って単純だよなぁ。ま、そこが可愛かったりもするんだが。
頭の中はもうプリン一色になっているのか、『はやくー、ぷりんー。』と急かしてくるおちびたちに、はいはい、と腰を上げてキッチンへと向かう俺は、この間買い物に行ったときに買っておいて良かった、と心の中で安堵の嘆息をついた。
『ぷーりん、ぷーりん♪』と嬉しそうにリズムを付けて連呼している二人を侍らして、冷蔵庫の中から買ってあったプリンとチェリー缶を取り出していると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。
「お?誰だぁ?」
チャイムの音に手を止めて振り向くと、今まで何処に居たのか、ハロがコロコロと転がって玄関に向かっていくのが見えた。
「おきゃくさーん?」
「きゃくかよー。」
俺の後ろでプリン、プリンと騒いでいたおちびたちがハロの後を追って玄関の方へ走っていく。これくらいの年頃って、客が来ると我先に出たがるんだよなぁ。
手に持っていたプリンとチェリー缶をキッチン台の上に置いて二人の後を追うと、先に玄関に着いていた兄弟の『ティエリアだー』という声が聞こえてきた。
「おー、ティエリアか。どうしたぁ?」
玄関先でハロとおちびたちの相手をしているティエリアの姿を認めて声を掛けると、ティエリアは俺に気付いて顔を上げた。
「ああ、ロックオン・・・・・・これを。」
とティエリアが差し出して見せたのは、これまた立派な西瓜。結構デカイな。
しましまのはろだー、と西瓜を見て喜んでいる二人に、そりゃ姿形・大きさは似ているけれど、と苦笑いをして、これは西瓜っていう食べ物。保育園のおやつにもでるだろ?、と教えてやると、しばらく考え込んだ後思い出したようで、すいかー。おいしいよねぇ。、くったことあるぜー、と口々に言いながら、ティエリアの持つ西瓜を撫で出した。まぁ、保育園で出る西瓜はすでに切ってあるやつだろうから、まるまる一玉っていうのは珍しいんだろうなぁ。
「えらく立派な西瓜だな。どうしたんだ?」
まだおちびたちが撫で回しているけれど、差し出された西瓜を受け取りながら訊ねると、
「先程帰ってきたら、入り口で管理人にお裾分けだと言って渡された。」
自分一人では食べきれないから貴方たちで食べてくれ、とティエリアは掛けた眼鏡を中指で押し上げながらその経緯を話してくれた。つーかあの管理人さん、まるまる一玉ってえらく太っ腹な・・・・・というより、一人暮らしのティエリアにこんな大きな西瓜を渡すのもどうかと思うんだが。
受け取った大きな西瓜は先程まで冷やされていたのか、ひんやりとしていて触れた腕が気持ちいい。ああ、そうだ。ちょうど冷えていることだし、今日のおやつはこれにしてやろう。
「じゃ、せっかくだし、今日のおやつはこれにすっか。サンキューな、ティエリア。」
受け取った西瓜を抱え上げて、自分たちの目線より上へ行ってしまった大きな西瓜を見上げているおちびたちにそう言うと、わーい、すいかー!、とはしゃいで声を上げた。あれ?プリンはもういいのか?まったく、子供ってのは切り替えが早ぇのな。
それじゃぁ、と用件は済んだというように踵を返し、さっさと帰ろうとするティエリアを慌てて引き止める。
「おまえも食っていけよ。せっかくおまえさんが貰ったもんだしさ。」
その言葉に一瞬柳眉を顰めたティエリアだが、足元で
「てぃえりあもいっしょにたべよー。」
「べ、べつにくっていってもいいぜ。」
「ティエリア、ティエリア!イッショ、イッショ!」
とおちびたちに加えてハロまでもがティエリアを引き止めた。まぁハレルヤはティエリアのことが苦手っぽいけど、アレルヤにとっては隣のお兄さん的存在だし、ハロに至っては自分のメンテナンスをしてくれる存在だからティエリアのことは好きなんだろうな。・・・・・でもなんでライルの言うことは聞かねぇんだろ?
「・・・・・っ!じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます。」
小さな二人の誘いの言葉か、それともハロの一言が効いたのか、案外あっさりとティエリアは一緒に西瓜を食べることを了承して踵をもう一度返すと、おずおずと靴を脱ぎ始めた。
三人をリビングに待たせて、俺は大きな西瓜を切り始める。本当にデカイな、この西瓜。
まずは半分に切って、その半分をまた半分に切って、おちびたちにも食べ易いように今度は角度を変えて等間隔に切っていく。ライルの分を残しても、それでもまだかなりあるよなぁ・・・・・そうだ、後で刹那にも届けてやろう、などとぼんやりと考えていたら、隣のリビングからなにやら騒がしい声が聞こえてきた。
「おいおい、なに騒いでんだ?」
切った西瓜を載せた皿を持ってリビングを覗くと、ハロを抱えたティエリアがハレルヤに向かって叫んでいた。
「貴様、またハロをサッカーボール代わりにしたな!ここを見ろ!先週見た時にはなかった傷がある!」
「おれじゃねーって!おれ、はろをけってあそんでねーもん。ぬれぎぬだ!」
ティエリアに詰め寄られているハレルヤは、負けじと声を張り上げて言い返している。しかし、よく濡れ衣だなんて難しい言葉しってるよな、あいつ。
だけど、確かおまえ、昨日ハロ蹴って遊んでたよな?嘘はいかんぞ、嘘は。
「ほんとにおれじゃねー!そうだ、このあいだろっくおんがはろにつまづいてた!」
げ、なんでおまえが知ってるんだ!
「そういや、らいるもきのうはろにつまづいてた。」
今まで黙って二人のやりとりと聞いていたアレルヤが、のんびりとした口調で昨日の出来事を口にティエリアに教えた。
ライル・・・・・おまえもか。って、やることが似てんのはやっぱ双子だからなのかなぁ、なんて思ってたら、ティエリアの怒りの矛先が今度はこっちへ向いてきた。
「貴方たちって人はぁぁぁぁぁぁぁ!万死に値するっ!!」
「っは、はいーっ!すいませんっ!!」
思わず条件反射で謝っちまった。て、なんでハロの持ち主(飼い主?)である俺が怒られなきゃいけねぇんだ?
アレルヤ、ハレルヤ、いらんことは言わなくてよろしい。
俺とライル、二人分の説教をこってりとティエリアにされたところで、ようやく西瓜を食べ始めた。
テーブルに置いた途端、おちびたちはそれぞれ手にとって齧りつき始めるのを、
「おわっ!ちょ、ちょっと待て!おまえらっ!」
慌てて止めて、それぞれに大きめのタオルを首周りを中心にして掛けてやる。口周りどころか、服まで西瓜の汁でべたべたにするの目に見えてるからな。
「よし、いいぞ。」
「「いただきまーす!」」
美味しそうに西瓜を頬張る二人に、時々手助けをしてやりながら、先程の剣幕とは打って変わって静かになったティエリアに目をやると。
ティエリアは神経質そうに、赤い身から種をひとつひとつ掘り出していた。口を付ける前に。ほんと、ティエリアらしいっつーかなんというか。
皿一杯に盛ってあった西瓜が綺麗に無くなる頃、あれほど暑かった空気がほんの少し和らいだ気がする。
食べ終わったおちびたちは玩具で遊び始め、ティエリアはハロのメンテナンスをしてくれている。
俺は綺麗に食べ尽くされた西瓜の残骸を片付け始めようと腰を上げた時、開け放した窓からふわりと涼しい風が入り込んできた。
ああ、そろそろ夕メシの仕度をし始めなきゃいけないなぁ。
あ、そうだ、今度風鈴でも買ってこようか。気分的にかもしれないけど、少しは涼しく感じるようになるかもしれない。
なんて、唐突に思ったそんなある日の午後。
2008.08