夕陽暮れゆく道すがら
徐々に太陽が西に傾き始める頃。多くの人は、帰るべき場所へと足を運び始める。
紅く染まっていく空が暖かく見えるか、どこか物悲しく見えるかはその人次第。
「んじゃ、お疲れさん。」
終業時間を5分ほど過ぎた頃、俺は手元にある仕事を終えて同僚に声を掛けると早々に帰り支度を始める。これからもまだ一仕事も二仕事もあるんだ。
すると、明朝入庫分の伝票をチェックしていたリヒティが気付いて
「あ、ロックオン。お疲れさまっす。」
と人好きのする笑顔を向けて応えてくれた。勤務態度は決して褒められるようなものではないリヒティだけど、それでも憎めないのはきっとこの笑顔と親しみ易い性格のせいなんだろうな。俺もどちらかというと、リヒティのことは嫌いではない。寧ろ仲のいい方だ。
そんなリヒティに帰り支度を終えた俺は、お先にと声を掛けて職場を後にした。
以前勤めていた会社は、就業時間なんてあってないようなもんだった。期限が迫ってくれば残業は当たり前のことで、ひどいときには午前様ってのも結構あったりした。
けれどあの双子がウチにやってきて、それではいけない、と別にあの会社に特に思い入れがあったわけでもなかったのであっさりと辞めてしまった。その時、ライルには反対されたけど。
だからといって、せっかくトップ営業マンとしてやっているライルに会社を辞めさせるのは嫌だったし、なによりあいつに家事をやらせるのは一抹どころか多大に不安がありすぎたから。
別に俺は以前の会社や仕事に未練があるわけじゃないし、それどころか今の生活を結構気に入ってるから、これでよかったんだと思う。
事情を知っているからかもしれないけど、就業時間きっちりに終わらせてもらえる今の職場は本当に助かる。しかも気の合う同僚もいることだし、本を読むことが好きだからという理由で決めた職場だけど、あそこに勤めることにして良かった。
そんなことを連々と考えて歩いていたら、あっという間に目的の、あいつらが通っている保育園に着いてしまっていた。
門を潜り、園庭を通り抜けると担任の先生が気付いてくれて教室で遊んでいた二人に声を掛けてくれる。
教室の先の園庭でほんの少し待っていると、慌てて帽子と鞄を引っ掛けたおちびたちが飛び出してきた。
「ろっくおーん!」
「おっせぇぞ!」
いやいつも通りの時間のはずだが。
飛びついてきたアレルヤとハレルヤに、いい子にしていたか?と訊ねると、元気良く、うん!、と二つの揃った声が届いた。俺を見上げる、その二人の笑顔を見るのが何よりも嬉しいし楽しい。自然に顔が綻んでいく。
そして二人の小さな手を引いて、先生に挨拶をすると俺たちは保育園を後にした。
右にアレルヤ、左にハレルヤを連れてマンションへの道を歩く。
その途中に今夜の夕メシは何がいい?と訊ねると、おちびたちはしばらく、うーん、と唸った後右からはスパゲティ、左からはハンバーグと声が上がった。おや、珍しい。
俺とライルも双子だけれど、この双子たちはよくよく思考が似通っているのか考えてることが一緒なのか、大抵なにが食べたい?と聞くと同じものを言ってよこすんだが、どうやら今日は違ったようだ。
スパゲティがいいの!ハンバーグだ!と両脇で言い争うのを慌てて止めて、じゃあジャンケンで勝った方な、と優しく言い含めるとどうやらそれで納得したらしい二人が、じゃーんけーんぽん!と小さな手を出し合っていた。
結果、チョキを出したアレルヤが勝って、今夜の夕メシはスパゲティと決まった。負けたハレルヤはぶすくれていたが、
「たこさんうぃんなーがはいったやつなら、くってやってもいいぜ!」
とそっぽを向いて悔しそうにそう言った。
タコさんウィンナーが入ったやつというとナポリタンか・・・・・って、たしか今日の朝メシもタコさんウィンナー食ってなかったっけ?ほんと、おまえはそれが好きだよなぁ。
それじゃあ、と隣でジャンケンに勝ってスパゲティ♪スパゲティ♪と喜んでいるアレルヤに、ナポリタンでいいか?と聞くと、
「うん、いいよ。ぼくはかにさんうぃんなーがいいな。」
と快く了解をしてくれた。ハレルヤとはまた違ったリクエストを添えて。
「じゃあ、今夜の夕メシはナポリタンのスパゲティな。カニさんウィンナーとタコさんウィンナーの入った。」
なんとかまとまった夕メシの献立を口にすると、アレルヤと機嫌の治ったハレルヤが、わーい!、と繋いでいる手を前後にぶんぶんと振って喜ぶその仕草がまた愛らしくて、俺もおちびたちと同じように手をぶんぶんと振って歩いた。
マンションへ帰る途中、夕メシの足らない材料を買う為にいつも行くスーパーへと寄る。その前に、ハレルヤお気に入りのクリーニング屋さんのトラ猫にご挨拶もして。
スーパーの中、カートを押しながらウィンナーとピーマンをカゴに入れて、スパゲティはまだあったはず・・・ああそう、オレンジジュースが少なくなっていたっけ、と陳列してある商品を眺めながら歩いていると、両脇からシャツの裾を引っ張られた。
「どうした?」
気付いて両脇のおちびたちに訊ねると、
「「おかし、かっていーい?」」
と二人が小首を傾げてそう聞いてくる。こいつらがなにかおねだりをしたい時にする癖。これがまた可愛くって、そうそう甘やかしてはダメだと思いつつもこの仕草に弱いんだよなぁ。
ひとつだけだぞ?とついつい許してしまうと、二人は顔を輝かせて、わーい!ありがとう!やったぁ!と口々に歓喜の声を上げてお菓子売り場へと駆け出していった。
その二人を慌てて追いかけながら、どうにもこうにも俺はあいつらに弱いなぁ、と思わず自嘲気味な笑みがこぼれた。
「「ろっくおん、これー。」」
お菓子売り場へと直行した二人が、数あるお菓子の中から悩みもせずに選んで差し出したのは同じウェハースチョコ。実はこの二人の最近のお気に入り。まぁ、本当の目的はそのお菓子じゃなく中に入っているステッカーなんだが。
「こんどこそきゅりおすかなぁ。」
「ぜってぇーこれがきゅりおすだぜ!」
不安げなアレルヤと自信満々なハレルヤが小さな手で大事そうに抱えているそれは、これまでに数回買ってはいるが、どれもお目当てのキュリオスは出なかった。目的のものが出なかったときの残念そうな二人の顔を思い出すと可哀想な気がして、今度こそ出てくれますように、と俺は心の中で祈った。
カゴに入れたものとおちびたちが手に持っているお菓子の清算をして支払いを済ますと、待ちきれないのか二人は開けていいか訊ねてくる。
家へ帰ってからな、と言うと二人は、えぇー、と不満を露わにしたが、それでもダメだと伝えると渋々だがあきらめたようだ。
アレルヤはそれを大事そうに掛けている鞄の中に入れ、ハレルヤは鞄の中に入れようとせずそのまま手に持っていた。落とすなよ。
今度はスーパーの袋を左手に、右手をアレルヤと繋いで。もう一方のアレルヤの手はハレルヤと繋いでスーパーの扉を潜ったところで、見覚えのある後姿が目に入った。
「あー、せつなだー。」
「せつなー。」
前を行く見知った後姿を見つけたおちびたちは、俺の手を解いてその人物に駆け寄っていく。学校の帰りなのだろうグレーのブレザーを纏った、まだ少年の域を脱せないその人物は我が家の右隣に住む刹那だ。
幼い二つの声に気付いた刹那は、足を止めて振り返ると、アレルヤ、ハレルヤ、と抑揚のない声で二人の名前を呟いた。
「よう、おかえり。いま帰りか?」
追いついた俺は刹那に声を掛けると、刹那はおちびたちから視線を上げて頷くことで俺の問いに肯定の意味を示した。ほんと言葉の少ないヤツ。まぁ、慣れたら慣れたで可愛いんだけど。
それに一見無愛想で言葉も少ないけれど、アレルヤとハレルヤのことは可愛がってくれてるから、根本的にはいいヤツなんだろう。二人も刹那には懐いているようだし。
「そうだ。刹那、今夜ウチでメシ食ってくか?」
マンションへの道すがら声を掛けてみる。こいつ、放っておくとまたその辺のファーストフードしか食わねぇからな。まだ育ち盛りだろうに、そんなもんばっか食ってたら身体に悪いっつーの。
その誘いに刹那は、いいのか?と訊ね俺は、もちろん、と応える。
すると足元で、こんやはすぱげてぃなのー!たこさんうぃんなーがはいってるんだぜ!とおちびたちが説明してくれてるけど、スパゲティなのはわかるけどタコさんウィンナーはわからんだろ。
案の定、意味がわからなかったのだろう首を傾げている刹那を見て、俺は、ナポリタンだよ、と笑って答えた。
小さな二人が話す、今日保育園であったことを聞きながら歩いていると、ふと刹那がハレルヤの持っているものに気付いたらしい。
「・・・・・ハレルヤ、それは・・・・・」
「いいだろー、かってもらったんだぜ!」
「ぼくもかってもらったー!」
ハレルヤはさっき買ったお菓子を自慢げに見せ、アレルヤもわざわざ鞄の中から出して刹那に見せている。これぐらいの年頃って、なんでも見せびらかしたいんだよなぁ。
そのお菓子を手に、きゅりおすがほしいの、これぜったいきゅりおすなんだぜ、と二人が刹那に一生懸命説明してるけど、きっと刹那は知らないって。おちびたちが一生懸命になって見ているアニメのキャラのことなんて。
と思ったら。
「・・・・・そうか。もし、エクシアだったら俺にくれ。」
って、おまえもかよっ!
その後の道程は、キュリオスとエクシアの話で盛り上がっていた。俺以外の三人で。全く、改めて刹那には驚かされるよ。
それでも楽しそうに喋るアレルヤとハレルヤ、そして刹那の顔を見ていたら思わず顔が綻んでいく。こんな楽しそうな姿を見れば、自然と俺も楽しくなんだよな、不思議と。
家事と仕事で目一杯の日々だけど、それでも苦にならないどころか幸せだと思うのはきっと、この小さな二人とライル、そして隣に住む刹那とティエリアのおかげなんだろうなぁ。同じような日々でも、その中にある小さな出来事が楽しくって仕方がない。
ふと見上げた空は、紅く染まり始めていた。
その色が柔らかく、そして暖かい色に感じるのは、きっと俺にとって帰る場所が暖かくて優しい場所からなんだろう、とぼんやり思った。
その後。
今日アレルヤとハレルヤが買ったお菓子に入っていたお目当てのステッカーは、今回も残念ながらキュリオスではなかったらしい。開けて中身を見た瞬間の二人の声で、容易にそれが想像できた。
どうやら今回のそれは、二枚とも刹那が欲しがっていたエクシアだったらしく、夕メシを食いに来た刹那に泣く泣く渡していた。
そうしたら、夕メシを食い終わって帰ったはずの刹那が再び戻ってきて、二人に何かを渡している。
「あー、きゅりおすー!」
「きゅりおすだー!」
どうやら部屋に戻って探したら、アレルヤとハレルヤが欲しがっていたキュリオスがちょうど二枚あったそうだ。エクシアをもらった礼だ、とわざわざ探して渡しに来てくれたらしい。言い方は相変わらず無愛想だけど、優しいよな、刹那。
「ありがとー!」
「さんきゅー!」
と喜んではしゃぐ二人を見て、わるかったな、と礼をいうと刹那は、ロックオンにはこれを、と手渡してくれたそれは。
デュナメス―――
俺にもかよっ!
2008.08