秋の稔りは大量の愛につき



日没の時間が早くなりつつあるこの季節。
同じ時間でも夏真っ盛りな頃はまだ西の空に太陽がその存在を名残惜しそうに主張していたけれども、秋も深まったこの時期はその姿を早々に隠してしまって代わりに月が暗い空に煌々と明かりを放っている。
ここ最近は仕事の方も落ち着いてきていて、定時で帰れることはないにしてもそれに近い時間で会社を後にすることが出来る日々。
ゆっくりと夕メシを食って風呂に入って早めにベッドに入るのも良し、リビングに寝転がってダラダラとTVを見るのも良し。
なんでもないごく普通なことに幸せを感じるなんて、どこの疲れたサラリーマンなんだ、俺は。それでも仕事が早く終わることが嬉しくて、思わず鼻歌を歌ってしまいそうだ。いかんいかん、暗いとはいえ時間が時間なので通りには人が多い。変な人だと思われるなんて堪ったもんじゃない。
だけど、(いつもに比べて)早く帰れるなんて今の内だけ。年の瀬も迫った頃にはまたついこの前までの、下手をしたら日付を超えてしまうくらいの残業の日々が続くんだろうなぁ。差し詰め嵐の前の静けさってヤツか、今のこの状況は。
・・・・・・・・・・・そう思ったら浮かれて軽くなっていた足取りが急に重くなってきた。なにやってんだ、俺。


「ただーいまっ。」
自宅であるマンションの一室の玄関を開ければ、玄関を初め廊下やリビングに明かりが灯ってる。あぁ早くに帰って来れるっていいなぁ、とじんわり実感。思わず涙が零れそうだ。
一緒に住む家族がいるってのに、帰ってきたら明かりが点いていないなんて結構淋しいんだぜ。
・・・・・・・・・・もう一回言うけど、どこの疲れたサラリーマンなんだ、俺。
「おかえりなさーい。」
「おー、らいる、かえってきたのかー。」
とリビングに続く扉が開いて同じ顔をした小さな兄弟が出迎えてくれる。
「お?おかえりー。今日も早かったんだな。」
続いて今度は俺と同じ顔をしたニールがにっこりと笑ってちびたちの後から顔を覗かせた。
あぁ、俺は今、猛烈に幸せを実感中・・・・・!それが例え有り触れたもの、ささやかなものだとしても!

・・・・・・・・・・って、俺、やっぱり疲れてるんだろうか・・・。


夕メシ出来てるから着替えて来い、とニールの言葉を受けて堅っ苦しいけど今では慣れてしまったスーツを脱いでラフな普段着に着替え、皆が待つダイニングへと足を向ける。その序でに脱いだシャツはランドリーボックスへと放り込んでおいた。
ぱたぱたとスリッパが小気味良い音を立てて廊下を歩けば、ニールが用意した夕メシの香りがキッチンから溢れて鼻を擽り、俺の腹はぐぅと鳴ってその欲望を主張する。あぁ腹減った。
今夜の夕メシはなんだろう、とまるでちびたちと変わらない思考をもって浮いた足取りでダイニングへと入れば、そのテーブルの上に並べられた料理を目にして俺は愕然とし重い重い溜息をひとつ零した。

「・・・・・・・・・・・また?」
その言葉と共に、俺はがっくりと項垂れた。腹は減ってるはずなのに、テーブルの上に並べられた料理を見ただけでなんかもう腹というか胸がいっぱいになった気がする。
俺は特に好き嫌いはないつもりだが、だからといってこうも毎日毎日食卓に並ぶと正直飽きるを通り越して憎しみすら湧き出てくるようだ。あぁもうほんと憎いな、おまえに悪気はないんだろうけどもう大嫌いだよ。このさつまいも野郎。今日は含め煮に姿を変えやがったか。昨日はポタージュで一昨日はコロッケ。確かその前はサラダで俺の記憶が正しければ煮物になった日もあったはずだ。序でに言うと、可愛らしくデザートに姿を変えたときもあったよな。そうか、そんなに俺のことが好きか。だけど生憎だったな、俺はもうおまえのことが二度と見たくないほど嫌いになりそうだよちくしょう。

あまりの悔しさで涙目になりながらニールを睨み上げるとニールは苦笑いをしながら、仕方ねぇだろ、と肩を竦めた。
「保育園の芋ほり遠足があって、アレルヤとハレルヤが面白がって大量に掘っちまったんだから。」
一生懸命掘ったんだよなー、と今日も文句を言わずにさつまいも野郎を頬張っているちびたちに声を掛ければ、ちびたちは二人揃って、うん、とこれまた嬉しそうに頷きやがった。結託してんじゃねぇ、こら。
「ぼくたち、がんばってほったんだよー。」
「なー。おれなんか、いっちばんでかいのほったんだぜ!」
あぁそうですか。そのおかげで食卓は芋まみれだよ。
「・・・・・・らいるはさつまいもきらい?」
「・・・・・・おれたち、いっしょうけんめいほったのに・・・」
若干恨みがましい目でちびたちに視線を送れば、あろうことがアレルヤだけじゃなくハレルヤまでの、しゅんと落ち込んだ顔に思わず罪悪感。うっわ、何それ。反則じゃねぇか。
「あっ・・・・・!違う違う、そんなことねぇって!うん、アレルヤとハレルヤが採ってきてくれたさつまいもだもんな!たくさん食べられて俺は嬉しいぜー!」
・・・・・・って、何心にもないこと言ってんだ、俺。ていうか幼児に気を遣ってどうすんよ。あぁでも、なんか、ニールの視線がちくちく刺さって痛いからだ。うん、きっとそうだ。
それにしても戸籍上は俺は兄の方なのに、何だか最近俺の方が立場が低いような気がするのは俺の思い込みでしょうか、ニール。
「ほんとー?よかったー!」
「じゃあもんくいわずにくえ。」
あはははははー、と引き攣った笑みを顔に貼り付けて仕方なしに俺は並べられた皿に箸を伸ばした。っていうかハレルヤ、なんていう豹変振り!やっぱさっきのおまえは演技だったのか!?
ちくしょう・・・・・もう当分ていうか今後一切会いたくもないぜ。さつまいも野郎。
そんな俺の思いとは裏腹に、その後続いたニールの言葉は地獄の宣下のように聞こえた。
「よかったなぁ、アレルヤ、ハレルヤ。喜べライル、デザートはさつまいもの入ったパウンドケーキだ。」

・・・・・・・・・勘弁してくれ、マジで。





2008.11