・ライニル
・ニール生存の2期後捏造



人の記憶はすぐに塗り替えられていく。
世界では日々何かしら事件や事故があって、情報は常に新しく書き換えられ古いものは忘れ去られていく。
つい一年ほど前まで世界を巻き込んだ大きな戦争があったというのに、多くの人々たちの記憶の中では過去の産物に成り果てている。まるでもう、遠い昔の出来事のように。
そして俺もまた過去は過去のものとして捉え、現在は今ある幸せを享受して生きている。


小さな小箱を手に家路を急ぐ。春が近付いているとはいえ、日が落ちたこの時間はまだまだ寒い。
家へと急ぐのは寒さの所為だけではないけれども。

あの組織を抜けてから、また新たな会社へと就職した。
以前の会社ほど大きくはないし、その分給料も幾分か低いが二人暮らしていくには充分な金額だから文句はない。
そう、慎ましくとも二人で過ごせるだけで今の俺には充分満足なのだ。

目の前に見えてきた決して新しいとは言えないマンション。その一室に灯りが点っているのを見て、思わず頬が緩む。
以前は灯りの点らない部屋へ帰るのが当たり前の日々だった。暗く冷えた部屋だけが俺を迎えてくれる唯一のものだった。
けれど今は暖かい部屋が俺を迎えてくれる。俺の帰りを待ってくれている人がいる。
何よりも大切な人、世界中の誰よりも身近で愛しい人があの部屋で待ってくれていることが、俺には幸せで堪らない。


最後は心持ち早足になって辿り着いた部屋の前、弾んだ呼吸を整える為に深呼吸をひとつ。
早く会いたくて堪らないというのに平静を装うとする辺り、俺はまだまだ素直になれないらしい。
「ただいま。」
玄関の扉を開けて声を掛ければ、おかえり、と同じ声が返ってきた。
声はダイニングの方から聞こえてくる。それから扉を潜って漂ってくる空腹を刺激する匂いから、きっと夕飯の支度をしていてくれてるのだろう。
廊下を抜けダイニングへと通じる扉を開ければ、キッチンに佇む愛おしい人の後姿。
「今日は早かったんだな、ライル。」
振り返って微笑むその姿に、俺の心は暖かさに満たされていく。やっと・・・・・やっと一緒に過ごせるようになった俺の最愛の人。
「“今日”という日だからね。ケーキも買って来たんだよ、兄さん。」
片手に持っていた小箱を目線まで持ち上げて笑えば、喜んでくれると思った兄さんは少し不満気な顔。
(あれ?ケーキ好きな筈なのに。)
そんな兄さんの表情に俺は首を傾げれば、
「“兄さん”は止めろって言ってるだろ?」
と不満の理由を教えてくれる。あぁ、そうだった。もう一度二人で暮らすようになって、兄さんがまず最初に俺に約束させたこと。
「ごめんごめん、つい癖でさ。気を付けるよ、ニール。」
ニール、と名前を呼べばニールは満足したように頷いてくれた。

まだ子供の頃、何でも出来る双子の兄・ニールと比べられるのが嫌で、距離を置くかのようにいつしかニールを“兄さん”と呼ぶようになっていた。
今思えば、ただの子供の意地以外の何ものでもない。
同じ日に生まれて、兄も弟も区別なく育った俺たちなのに、俺に兄と呼ばれることはニールにとって辛く悲しいことだったらしい。
誰よりも愛しいニールにそんな思いをさせていたなんて、あの頃の俺は本当に馬鹿だったと思う。

離れて、一度は失ってしまったと思っていたニールが今、俺の側に居てくれる。
それだけで充分だ。ニールが居てくれるなら、俺の抱えたコンプレックスなどちっぽけなものだ。捨て去ったところで、大した問題じゃない。
一度離れてしまったからこそわかる、一度失ってしまったからこそ更に募る愛しい気持ち。


「ねぇ夕飯にしよう、ニール。俺、お腹ペコペコだよ。」
「そうだな。今日はおまえの好きなシェパーズパイを焼いたんだぜ。」
「本当?それは楽しみだよ。」
まるであの頃に戻ったかのように交わされる何でもない会話すら愛おしい。でもそれは、きっとニールだから。ニールが居てくれれば、それだけで俺は全てが幸せなのだ。
「HappyBirthday Neil」
「HappyBirthday Lyle」
後ろから抱きしめてそう囁けば、ニールから同じように返される誕生を祝った言葉。
一度は別れてしまった道も、今目の前にあるのは一本の同じ道。
この日をこれからはずっと一緒に迎えていこう。もう二度と、この手を離したりはしないから。母さんのお腹の中に居た頃のように、ずっとずっと一緒に居よう。

「愛してるよ、ニール。」





2009.02